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2020年04月01日

再調査で無く自死に向き合う新調査を 赤木さんを2度見殺しにした財務省 森友学園事件




 再調査で無く自死に向き合う新調査を 

 赤木さんを2度見殺しにした財務省 森友学園事件


               〜47NEWS 4/1(水) 11:32配信〜


          4160.jpg

             全く懲り無い・・・無関心なA・Aコンビ 

 「私の夫、赤木俊夫が何故自死に追い込まれたのか。有識者によって構成される第三者委員会を立ち上げ、公正中立な調査を実施して下さい!」

 2年前に自死した近畿財務局の職員・赤木俊夫さんの妻がネット上で署名活動を始め、多くの賛同を集めて居る。私もその呼び掛けに諸手を挙げて賛成したい。言いたい事はそれに尽きる。だから、此処でキーボードを打つ手を止めても好いのだが、それでは意が伝わら無いかも知れない。

 安倍首相や麻生財務相は、何故、頑なに調査を拒否するのか。2人が国会や記者会見で述べて居る理由を見ると、赤木さんが書き残した手記と、2018年6月に公表された財務省の調査報告書との間に〔大きな齟齬はない〕〔大きな乖離はない〕と云う事に尽きる様だ。
 赤木さんの手記は「全て、佐川理財局長の指示です」と述べる。スクープした週刊文春も、それを一番の見出しに掲げて、首相や財務相に突き着けた。一方、財務省の報告書は佐川氏に付いて〔改ざんの方向性を決定付けた〕と結論し、明白な指示は認め無かったものの責任を問うた。表面上の文言だけで無く、実質的な指揮・支配を重く見たとも言える。

 そう考えると〔すべて指示〕〔方向性を決定付ける〕との違いは、そう大きな齟齬では無いと評価する事もギリギリ可能かも知れない。実は、この度財務省の報告書を読み返して可成り驚いた。赤木さんの手記に背反しない範囲で事実をマトメ、表現して居る様にも読めるからだ。
 遺族や内部の誰かが後に為って告発しても、報告書の骨格が崩れ無い様に限界迄防衛線を下げて居る様に見える。赤木さんや赤木さんの部下達の抵抗に付いても、具体的では無いが無視せず記載して居る。その点でも何とかバランスを保って居る様だった。

 そこで百歩譲って、首相や財務省の様に〔大きな齟齬が無い〕と云う立場に立ったとして、それでも調査を求める理由を述べたい。それは結果として〔大きな齟齬がない〕と云う評価への本質的な反駁に為る筈だ。
 安倍首相や麻生財務相が縋(すが)る財務省報告書の文書名は〔森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書〕である。タイトルは、この調査に対する自己規定であり、自ずから限界が有る事を示して居る。

 詰り調査目的は、決裁文書の改ざんが、何故、どの様に為されたか、誰にドレ程の責任が有るのかを究明する事なのだ。全ての事象は、その目的との距離によって取捨選択される。
 報告書の公表は赤木さんの自死から3カ月後の6月4日だが、彼の死には一切触れて居ない。頭の好い財務官僚はこう考えたのだろう・・・《文書改ざんと云う課題に対するリポートで、職員の死に拘泥しては為ら無い。それはテーマを逸脱する。試験で設問以外の事を書いたら、点を貰えないか減点されてしまう》

 報告書が、その課題に対する回答としても不十分で有ると云う批判は、公表の時点から為され私も同じ考えだ。だが、赤木さんの手記が公表された今、求められて居るのは、同じテーマに対する再調査では無い。赤木さんの妻に依るネット上の署名活動のタイトルに、それは端的に示されて居る「私の夫、赤木俊夫が何故自死に追い込まれたのか」
 そう、誰がどの様に死に追い遣ったのか。どうしたら彼が生き永らえて彼らしい仕事を続ける事が出来たのか。それを突き止め無ければ為ら無い。

 財務省の調査は〔大きな齟齬が無い〕処か、人の命を奪ったと云う事実そのものに目を背け、赤木さんを再度殺して居るに等しい。遣るべきは再調査では無く全く別の調査である。調査目的が異なるなら、ディテールを含めて同じ事実にも違った光が当たり、違った様相が見えて来るに違いない。.
 調査を拒み続ける首相は、赤木さんの死と手記や遺書をどの様に受け止めて居るのか。共同通信が3月23日に配信した〔参院予算委論戦のポイント〕から抜粋する。最初の福山哲郎さんの質問には、遺書の読み上げも含まれて居るが、記事では割愛されて居る。

 福山哲郎氏(立民) 財務省職員が自殺した。

 首相 本当に胸が痛む思いであり、改めてご冥福をお祈りしたい。麻生太郎副総理兼財務相の下、事実を徹底的に調査し明らかにした。元より改ざんは在っては為らず、今後二度とこうした事の無い様再発防止を徹底して行く。国民の信頼を揺るがす事態と為って仕舞った事に対し、行政の長として大きな責任を痛感して居る。改めて国民におわび申し上げたい。

 答弁のキーワードを拾うと〔胸が痛む思いで〕〔ご冥福をお祈り〕するけれど、既に財務省が〔事実を徹底的に調査し明らかにした〕元より〔改ざんは在ってはなら無い〕ので〔再発防止を徹底〕する。〔行政の長として責任を痛感し国民にお詫び〕する・・・と云う流れだ。
 彼は、赤木さんの死の前で一度は神妙な顔をして見せるが、直後に事実は調査済みだとして〔何もしない〕意思を明確にする。そして問題を公文書改ざんにすり替え、行政全体を統率する立場として国民に謝罪するのだ。

 ソコには赤木さんの苦悩に対する想像力も遺族への共感も存在しない。それ故、赤木さんにも遺族にも謝罪は無い。謝罪の気持ちを滲ませる様な言動も一切ない。この時、福山さんは「コンな場面で官僚が書いた紙を読むんですか」と怒って居る。
 安倍首相と麻生財務相は先ず、赤木さんの遺族や友人に直接、面会してはどうか。森友学園事件の中で、一人の人間が自ら命を絶った。彼は専ら、貴方達の「配下職員」(財務省報告書)だった訳では無い。或人達に執っては、夫であり息子であり同僚であった。その人達は、喪失の悲しみや怒り絶望に苦しんで来た。その心情に直面して見てはどうか。

 そうすれば、半歩でも近付く事が出来る筈だ。何がこの篤実で真っ直ぐ人を追い込み、誰が死に至らしめたのか、本当の事を知りたいと云う気持ちに。


         47NEWS編集部 共同通信編集委員 佐々木央   以上









 【関連記事】


 抗命権無きこの国 公務員の使命と不正指示の板挟みに
 
 森友事件・赤木さんの自死(上)


              〜47NEWS 3/23(月) 12:12配信〜

 赤木俊夫さんの遺書「これが財務官僚王国 最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ」

 痛ましい・・・死から2年後、遺書と手記と遺族の言葉によって、彼が名前と人格を持って立ち現れるまで、私は何も分かって居なかった。どの様な人を失ったのか。何も考えて居なかった。その事で何が損なわれたのか。
 手記を読み、彼こそは官僚としての人生を全うして欲しかったと痛切に思う。彼が命を落としたことは、勿論彼や彼の周囲に人に執って痛恨だったと思うが、この様な誠実な、徳が高いと行っても好い様な人を、行政から失った事は、市民社会にトッテモ大きな損失だった。
 少し遠回りに為るが、先ず自殺一般に付いて述べる。国の自殺総合対策大綱は〔誰も自殺に追い込まれることの無い社会の実現を目指して〕と云うサブタイトルを掲げる。〔追い込まれる〕と云う表現に、自殺への基本認識は鮮明だ。本文は次の様に表現する。

 〔個人の自由な意思や選択の結果では無く《自殺は、その多くが追い込まれた末の死》と云う事が出来る〕

          4161.jpg

      2017年3月 参院予算委で答弁する財務省の佐川宣寿理財局長(当時)

 用語に付いて言及して置きたい。その死が〔大綱〕が述べる通り、他に選ぶ余地が無い程追い込まれた結果であるなら、自ら意図して自らを殺す〔自殺〕と云う言葉より、本人の意思に付いてより中立的な〔自死〕と云う表現の方が事態に妥当する。本稿は以下、自死と云う言葉を用いる。
 そこで問題は、彼が何に或いは誰にどの様に追い込まれたのかと云う事に為る。近畿財務局職員、赤木俊夫さんは55歳の誕生日を3週間後に控えた2018年3月7日、自死した。彼より主体的に悪事に関与したと思われる人達は、何も無かったかの様に生き永らえ、剰(あまつさ)え出世した人も居る。手記によれば、その行為を躊躇いなく確信犯的に行い、指示以上の達成を果たした人も居た。

 哲学者ハンナ・アーレントによる〔悪の凡庸さ〕と云う言葉を想起する。ナチスによるユダヤ人ホロコーストに於いて、中心的な役割を果たしたアイヒマンの裁判を傍聴したアーレントが、彼とその行為を評価した言葉だ。己の〔悪〕に付いて、余りにも無思慮・無自覚な人達。
 しかし、殊は戦時の全体主義の下で起きたのでは無い。平時の日本で起きたのだ。そうで有るなら、赤木さんとは違う組織に居て、違う仕事を細々と熟している私にも、無縁では無いかも知れない。その事を先ず考えたい。

 改ざん隠蔽に関与した人の内で、亡く為った赤木さんと赤木さん以外の人を分けるものは何か。赤木さんの手記には〔虚偽〕と云う言葉が頻出し、都合9回に上る。或る場合には、それに厳しい修飾語まで付く。
〔全くの虚偽〕〔前代未聞の虚偽〕〔国民の誰もが納得出来無い様な詭弁を通り越した虚偽答弁〕と云う風に。彼が如何に嘘を嫌って居たかが分かる。

 手記は文書改ざんについて「すべて、佐川局長の指示です」と述べるが、虚偽と云う言葉は、佐川宣寿理財局長の後任である太田充氏(現主計局長)の答弁への評価としても何度も出て来る。ひとり佐川氏だけで無く、こうした虚偽が罷り通る財務省の体質そのものへの軽蔑・嫌悪が見て取れる。
 元々そうでは無かったのだと思う。国の仕事を着実に誠実に熟す事に誇りを持って居た筈だ。手記からも、報じられて居る妻の証言からもそう感じる。口癖は「ぼくの契約相手は国民です」 それを知って、憲法の〔すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない〕と云う条文(15条2項)を思いだした。為政者や上司の奉仕者であっては為ら無いと赤木さんは考えただろう。

 国家公務員法の1条1項も〔職員がその職務の遂行に当り、最大の能率を発揮し得るように、民主的な方法で、選択され、かつ、指導さるべきことを定め、もって国民に対し、公務の民主的かつ能率的な運営を保障することを目的とする〕と述べる。民主的と云う言葉が2度も出て来るが、国家公務員法であるから、民主的とは国民が主人公で在ると云う意味だろう。赤木さんの口癖に重なる。
 更に1条3項後段は〔何人も、故意に、この法律又はこの法律に基づく命令の施行に関し、虚偽行為をなし、もしくは無そうと企て、又はその施行を妨げては為ら無い〕と規定する。赤木さんの嫌った虚偽行為は明確に禁止されて居る。

 手記をスクープした週刊文春の記事によれば、赤木さんは大学を出て、スンナリと公務員に為ったのではない。高校卒業後国鉄に入り、国鉄が解体された時、中国財務局に採用された。国策に翻弄された事に為るが、それは悪い事では無かった様だ。
 大学の夜間コースに進学する為、京都財務事務所に異動して居る。希望を叶えて呉れた職場に、恩義さえ感じて居たかも知れない。こうした経路を辿ったからこそ、公務員という仕事に付いて、その使命や有り方について深く考えて居たのではないか。その思索が「ぼくの契約相手は国民」と云う言葉に詰まって居るのだと思う。

 組織の違法な命令に盲従する事は出来無かった。上司の「不正を為せ」と云う指示を実行する訳にはいか無いと云う思いが他の人よりも強かった。もっと上位の理念に仕えて居たからだ。それは〔国民のため〕と云う理念だった。
 強く抵抗もした。それでも従わざるを得なかった。挫折と幻滅が、彼の心に与えた打撃の大きさを想像する。どれ程絶望的な気持に為っただろう。
 今の日本では、無いもの強請りだが〔抗命権〕が在ったらと思う。戦前の二・二六事件に付いて取材した時、元陸軍法務官だった弁護士からその権利の事を教えられた。法的には厳密さを欠くかも知れないが、次のような説明でそう間違って居ない筈だ。

 《・・・組織の決定や上司の命令が、自己の良心や正義と信じるものに照らしてどうしても受け入れ難い時、指示や命令に抗い拒否する権利・・・一歩進んで、それが非人道的な命令で在った場合には〔抗命の義務〕さえ生じる。
 ドイツ軍人法にはその規定がある。2000年代に入って、ドイツのイラク戦争への参加は国際法違反と考える軍の少佐が、米軍支援に関係する業務を拒否し大尉に降格された。彼は裁判で争い、2005年に勝訴して地位を回復して居る 》


 事は軍隊組織に限ら無い筈だ。抗命権や抗命の義務が社会に広く知られて認容され、法定されて居る様な社会だったら、赤木さんも命を落とさずに済んだ。残念でならない。


                    以上









 敬意も弔意も無い財務省報告書 同僚を「配下」と呼ぶ心の貧困
 
 森友事件・赤木さんの自死(下)


     コピーライトマーク株式会社全国新聞ネット 佐々木央 3/24 22:37 (JST)updated〜

 近畿財務局職員、赤木俊夫さんの自死にどう向き合うべきか。残された手記を基に考えたい。冒頭に〔手記 平成30年2月(作成中)〕とある。作成中の3文字が目に刺さる。
 彼はこの翌月、3月7日に自死するが、この3文字は消去されず残った。彼はもっと書く積りだったのだ。書き続けて居る間は生きられると考えたのかも知れない。手記が未完だとすれば、遂に書かれ無かった事は何だろう。生きたいと云う祈りか、もっと核心に迫る遣り取りか、それとも文書改ざんに関わるディテールか。それは最早永遠に失われた。残された者達が、事実関係を調べ合理的な推理や想像によって埋めて行くしか無い。

 手記の〔はじめに〕の項には、これ迄経験した事が無い程異例な事案を担当した事で心身に支障が生じ、休職に至ったと記す。そして〔異例〕の意味を明かし財務省の悪を告発する。
 「事案を長期化・複雑化させているのは、財務省が国会等で真実に反する虚偽の答弁を貫いていることが最大の原因でありますし、この対応に心身ともに痛み苦しんでいます」

 次に、この事案を〔異例〕にしてしまった構造が示される。

 《通常本件事案に関わらず、財務局が現場として対応中の個別の事案は動きがあった都度、本省と情報共有するために報告するのが通常のルール(仕事のやり方)です》

 対応中の事案は動きがあったら上(本省)に報告する。組織として当然だろう。報告を受けた側が聞き置くだけで終わら無い事は、組織に身を置いた事がある人なら誰にでも分かる。本省は報告内容について、何らかの判断をしそれを伝える。
 「そのママ進めて」或いは「そりゃあ、拙いよ」「今後はこうして」と。報告も判断も指示も記録に残すのは当然だ。で無ければその後の判断も判断に付いての検証も、記憶と云う不安定なものに依拠する事に為る。
 意思疎通を密に行ない記録に残さ無ければ、下部組織が上部の意思や方針を軽視、或いは無視して暴走する事態も起こり兼ねない。増して財務省本省は東京に在り近畿財務局は大阪に所在する。地理的条件からも、近畿財務局が、本省には見えて居ない事を悪用して、例えば高額な国有財産を安価で売却してしまうと云う事が起こり得る。ここ迄は一般論だ。手記はこれに追い打ちを掛ける。

 《本件事案は、この通常のルールに加え、国有地の管理処分等業務の長い歴史の中で、強烈な個性を持ち国会議員や有力者と思われる人物に接触するなどあらゆる行動をとるような特異な相手方で、これほどまで長期間、国会で取り上げられ今もなお収束する見込みがない前代未聞の事案です》

 「強烈な個性」「特異な相手方」名前は無いが、森友事件の中心人物の一人、籠池泰典氏の事だと分かる。

 《その為、社会問題化する以前から、当時の担当者は事案の動きがあった際、その都度本省の担当課に応接記録(面談等交渉記録)などの資料を提出して報告しています。したがって、近畿財務局が、本省の了解なしに勝手に学園と交渉を進めることはありえないのです。本省は近畿財務局から事案の動きの都度、報告を受けているので、詳細な事実関係を十分に承知しているのです》

 本省に報告すると云う一般的なルールに加え、その様な特殊事案だからコソ、逐一本省と遣り取りし面談の記録まで本省に上げて共有して居たではないか。赤木さんはそう言って居る。だが本省は、当時は何も知らず何も残って居ないと言い張る。この構造は今も基本的に変わって居ない。
 2017年2月17日、安倍晋三首相が「私や妻が関係して居たなら首相も国会議員も辞める」と国会答弁。これを受けて1週間後の24日、佐川宣寿理財局長が国会で「記録は廃棄した」と答弁する。ソコから、書類を答弁に合わせると云う逆転した作業が始まる。存在する書類を隠したり文書から安倍昭恵氏の痕跡を消したりしたのだ。

 近畿財務局における最初の改ざん作業は佐川氏の「廃棄」答弁から2日後の2月26日。3月7日頃にも指示が複数回あり「現場として私はこれに相当抵抗しました」手記はそう明かす。抵抗と云う言葉は、事態を総括する部分で、もう1度出て来るが、事実関係の記述としてはコレだけだ。
 だが赤木さんの自死から3カ月後、2018年6月4日に財務省が公表した調査報告書には、赤木さんとおぼしき人物が、頑強に抵抗を続けた事が記録されて居る。先ず、2017年3月7日未明から8日に掛けて。改ざん作業に関わる記述だ。彼の生きた証しなのでコピペをせずに写経のように書き写す。

 《近畿財務局の統括国有財産管理官の配下職員は、そもそも改ざんを行うことへの強い抵抗感があったこともあり、本省理財局からの度重なる指示に強く反発し(以下略)》

 手記の「相当抵抗しました」と、時期的にも符合する。この作業は7日未明に始まって日を跨ぎ、明くる日は終日続けられたようだ。抵抗も相当、長時間に及んだことだろう。更に2017年3月20日頃の状況。《近畿財務局側では、その時期、統括国有財産管理官の配下職員による本省理財局への反発が更に強まって居た》
 写真からは温厚そのものに見える赤木さんは、抵抗の度、ドンな風にドンな言葉で、理不尽な命令に対抗したのだろう。この報告書の結論に当たる関係者の処分と処分理由の項にも赤木さんが登場する。

 《なお、当時の配下職員は、一定の作業に従事していたものの、本省理財局からの指示に明確に反発して幹部職員にも相談していた経緯を踏まえ、責任は問わ無い事とする》

 こう書かれた時、彼はこの世に居ない。自死の事実を知りながら報告書は一片の謝罪の意も弔意も敬意も示さず、それ処か自死の事実さえ記載せず「責任は問わ無い事とする」と、上から目線で言い放つ。
 私達が間違って居た、アナタの姿勢こそ正しかった、アナタに学ば無ければ為ら無い・・・と、何故言えないのか。嫌、再調査を拒否し続ける麻生太郎財務相とその〔配下職員〕に、そんな殊勝な気持ちを求めても無駄か。

 報告書が赤木さんを特定する言葉として何度も使う〔配下職員〕と云う言葉には、当事者で無い私でさえ、心が粟立つ。〔配下〕はヤクザに使う様な言葉だ。辞書を引くと〔支配の下に有る人〕とある。時に露悪的な(それ故本質を穿つ)語義説明で知られる新明解国語辞典は〔或る人の命令通りに行動することだけが求められている存在〕と定義する。
 配下と云う言葉に現れる組織観・人間観こそ指弾されるべきだが、財務省が求めて居るのは、正しくこの様な人材なのだろう。そんな組織で、自らの正義を貫こうとした赤木さんはどんなに辛く大変だったことか。

 赤木さんは「ぼくの契約相手は国民です」が口癖だった。その様にして自らに課した国民との誓約に殉じた。だとすれば、彼を本当に追い込んだのは、彼の上司でも為政者でも無い。彼と契約を結んだ国民ではないか。彼を追い込む様な非道な組織や権力を許して来た私達一人一人ではないか。
 その死に責任ある者として、彼の死を無に帰さ無い為に、どうしたら好いのか考え無ければ為ら無い。死を賭けた赤木さんの重い問いに、今、応え無ければ為ら無い。


  47NEWS編集部 共同通信編集委員 佐々木央    以上


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