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2021年06月04日

【バスケットボール心理分析】セルフィッシュな選手は、自己愛が強く自分に自信がない。

バスケットに限らず、
「試合で活躍したい」と思うのは自然なことだ。

だが、時にはボールを独占し、パスを出さない、
「セルフィッシュ(自己中心的)」な選手」に出会うこともある。




そんな選手と一緒にプレーするバスケットは
楽しさよりも苦しさが目立つ。

そんな苦い経験を少しでも有益にしようと、
彼らの心理を分析してみた。



セルフィッシュな選手はどんな心理なのか。
なぜ個人プレーばかりする選手になったのか。
その背景に何が隠されているのか。


彼らとの向き合い方に悩むバスケットプレーヤーの
参考になれば嬉しい。


ー目次ー
  1. 基本的な性格傾向:自己愛が強い、承認欲求が強い
  2. ディフェンスで手を抜くのは、自己愛を満たしづらい作業だから
  3. セルフィッシュな選手は、本当は自信がない
  4. セルフィッシュな選手になる3つの原因
    @常に「エース」だったバスケット歴
    Aプレーや出場機会を抑圧された経験
    B否定や無視の多い生育歴
  5. 彼らを一歩引いて眺め、有益なバスケットライフを

1.基本的な性格傾向:自己愛が強い、承認欲求が強い

セルフィッシュな選手は、
基本的に自己愛が強い。


程度の差はあるが、
自分は特別な存在であり、周りから優遇され、
ほめたたえられるべき存在という
誇大な自己像を持っている。



そして、
そんな「特別に優れた自己像」を
作り上げたいがために、承認欲求も強い。


あまりにもボールを独占ばかりすれば、
周りの選手が冷めていき、敬遠される。
中にはそのことに気づいている選手もいる。

にもかかわらず、個人プレーを止めないのは、

自分を見てほしい
目立ちたい
実力を示したい
認められたい


という欲求を抑えられないからだ。




彼らはチームメイトに疎まれるリスクを抱えてまでも、
ボールの独占や個人プレーを止めない。

それは、「自分が、自分が」とアピールしたい欲求が
常に勝ってしまっているからだ。


2.ディフェンスで手を抜くのは、自己愛を満たしづらい作業だから

個人プレーばかりするような選手は、
えてしてディフェンスでは手を抜く。


自陣に走って戻らない、
ヘルプやスクリーンアウトをしない、
悪い言い方をすれば「さぼる」

5人という少人数で行うバスケットでは、
ディフェンス面で4対5になることは
致命的にもかかわらず。



なぜ彼らはディフェンスをさぼりがちなのか。

それは、
ディフェンスでは自己愛を満たせる機会が少ないからだ。




オフェンスに比べてディフェンスは地味だ。

ボールを持たないまま地道に足を動かし、
ひたすら「先読み」を繰り返す。

うまく守れたとしても、
ボールを持っていないから、
プレーの重要性が理解されることは少ない。

「ピンチを救った」ことは
わかりやすく称賛されるが、

「ピンチにならないよう芽を摘んだ」
ことは気づかれにくい。


サッカーでも、得点を取った選手は称賛されるが、
背後で懸命にディフェンスをする選手の働きが
理解されにくいという。



そういう
スポットライトを浴びにくい作業は、
自己愛や承認欲求を満たしたい者にとって、
コストパフォーマンスが悪い。


これも悪い言い方だが、
「疲れるわりに目立てない」からだ。

派手なブロックや華麗なスティールを
決められるならまだいい。

しかしそれが難しい場合、
自分をもっとも目立たせてくれるのは
得点に直結するプレー、つまりオフェンスになる。

だから「ディフェンスのさぼり」は、
自分が最大限に目立てるプレーを
効率よく行った結果なのだ。


3.セルフィッシュな選手は、本当は自信がない

これは意外に思われるかも知れない。

「自己愛が強い」
という視点で見ると、
個人プレーばかりする選手は、
本当は自分に自信がないのではないかと思う。




「自信満々だから『オレが決めてやる』
 というマインドを持てるのでは?」


確かにその通りだ。
そして、実際にそういう選手は
周りよりも実力があることが多い。

だから本来、
わざわざそのスキルを誇示しなくても、
自然にみんなが認めてくれる。



にもかかわらず、「個人プレー」と思われてまで
自分で決めることにこだわるのはなぜか。

それは、
他の選手が上手いプレーを決めたら、
自分がその選手よりも下だと認めることになるからだ。




人間関係を何事も勝ち負けで捉えていると、
その人の中には「アイツは自分より上手いか下手か」
という序列が出来上がる。


自分より下だと思い込んでいる選手が、
シュートを決め、アシストを決め、勝利を決定づけたら、
自分はその選手よりも劣っているということになる。



強い自己愛によって、
「特別にすごい自分」を作り上げている者にとって、
他者の成功は自分そのものの否定になる。


「誰よりも上なはずの自分」
という誇大な自己像が傷つくことを
何よりも恐れている。

だから他者に成功の機会を与えたくない。
与えないためにはボールを渡さなければいい。


自分で決めてしまえば、もろい自己愛で作り上げた
「すごい自分」が崩されなくて済む。



試合終盤の勝負どころなら、
もっともスキルのある選手に託すのは立派な戦術。

だが、ボールを持つたびに
そういうプレーをする選手は、
自信満々な仮面をかぶって怯えているようにも見える。

4.セルフィッシュな選手になる3つの原因

ここまで見てきた通り、
個人プレーばかりする選手と思われることには
多くのデメリットがある。

しかし、彼らもバスケットを始めた当初から
セルフィッシュな選手だったわけではない。

なぜそうなったのか、3つの原因を考察した。

@常に「エース」だったバスケット歴

バスケット歴の中で、
いつも周りより飛び抜けて上手い存在だった場合、
「エース」と呼ばれ、もてはやされる。

そのように特別視され続けると、自己愛が肥大化する。

そして、
「自分はエースだ、すごい存在だ。
 だから自分のやりたいようにプレーするのが当たり前だ」


という考えに至り、それがバスケット観になる。

Aプレーや出場機会を抑圧された経験

エースとは真逆の境遇で過ごしたパターン。

「お前はドリブルするな」
「このプレーだけをしろ」

など、自由なプレーを制限されてきた反動。


抑圧され続けると、
それを我慢しなくてよい環境に移ったとき、
反動で「本当に自由に」プレーするようになる。

ずっとボールを触らせてもらえなかったのなら、
好きなだけボールを持っていたくなる。

シュートを打たせてもらえなかったのなら、
すべて自分でシュートにいきたくなる。


それが「周りよりも上手い」場合、
やはり自己愛の肥大化が加速する。

B否定や無視の多い生育歴

プレーや出場機会の抑圧に似ているが、
より根本的な問題。

生育歴の中で、
自分を認めてもらえない経験や、
否定ばかりされる経験が多かったパターン。


「うまくいかないと認めてもらえなかった」
「そのままの自分を見てほしいのに見てもらえなかった」

そんな、自己愛を満たされなかった体験は、
耐えられないほどの心のすき間になる。


それを埋め合わせる手段が、
周りより優位な場所でスキルを披露することであり、
「ボールを独占して目立つこと」というわけだ。

5.彼らを一歩引いて眺め、有益なバスケットライフを

セルフィッシュな選手が味方にいると、
周りの選手はモヤモヤする。

「バスケットがつまらない」と思ったり、
「一緒にやりたくない」と思ったりすることもある。



とは言え、彼らが「自分が、自分が」となってしまうのは、
きっと悪意からではない。

人より強く、抑えきれない自己愛を
満たすことに必死なのだろう。


それはもしかすると、
幼少期までさかのぼる心の傷かも知れない。




長いバスケット人生では、
今後もそんな選手と出会うことがあるだろう。

その時に、
ただモヤモヤして終わるよりも、
その心理を想像して過ごす方が有益だと思う。


「認めてほしくてたまらないのかな」
「”理想の自分”が心のよりどころなのかな」


そうやって、一歩引いて彼らを眺めた方が、
充実したバスケット人生を送れるんじゃないだろうか。



posted by 理琉(ワタル) at 19:00 | TrackBack(0) | バスケ

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自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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