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2017年12月19日

―皐月雨―・15(半分の月がのぼる空・しにがみのバラッド。・シゴフミ・クロスオーバー二次創作)

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 作成絵師:ぐみホタル様(https://skeb.jp/@Gumi_Hotaru

 二次創作「皐月雨」、第15話掲載です。





              ―白と朱暮れ―


 「それじゃ先輩、お大事に」
 「また、来ますね」
 「うん。ありがとう」
 病室のドアを開けながら、そう言って手を振る吉崎さんと綾子ちゃん。彼女達に向かって、あたしもそう言って手を振る。
 パタン
 軽い音を立てて、ドアが閉まる。
 シン……
 病室に戻ってくる静寂。さっきまで皆がいた分、尚更静けさが際立つ。裕一は、まだ戻ってこない。話し込むあたし達に気を使って、出て行ったままだ。もう、いいのに。全く、気が効く様で効かないんだから。まあ、待つしかないか。ホッと息をついて、ベッドに身を委ねる。窓から差し込む夕日が、部屋の中を朱(あけ)色に染める。ああ、綺麗だな。普通に、そう思う。あたしが倒れた日からずっと、シトシトと雨が降っていた。だから、こんなに綺麗な夕日は本当に久しぶりだ。綺麗だな。世界って、本当に綺麗だ。何故か、ジワリと視界が潤む。おかしいな。光が眩しくて、目にしみたのかな。ゴシゴシと、目を擦る。と、
 ――リン――
 響く鈴の音。
 「ホントに。綺麗だね」
 幼いけれど大人びた、そんな声が聞こえた。
 目を擦っていた腕を離す。涙と朱色に滲んだ視界の中で、真っ白い髪が舞った。
 「ああ、来たんだね」
 「うん。最後に、もう一度お話しようかなって思って」
 あたしの言葉に、窓の縁に腰掛けた少女。純白の死神――モモは優しく微笑んでそう言った。


 「最後?」
 「そう。最後」
 あたしの疑問形に、モモが頷く。
 「ここでやる事は、全部終わったから。今度は、本職に戻らなくちゃ」
 ――本職――
 その言葉を口にした時の、少し悲しそうな響きが気になった。モモ(彼女)は死神だ。その本職と言ったら……。容易に想像がついた。
 「相変わらず、優しいんだね」
 あたしがそう言うと、モモは小さく頭(かぶり)を振る。
 「優しくなんかないよ。幾度もこの手で命を刈ってきた」
 「でも、それは可哀想な魂達を、次に送ってあげるためだよね」
 「!」
 そんなあたしの言葉に、モモは少しはにかんで俯く。
 「そうだよ、モモ。モモは何も、傷つく必要なんてないんだよ」
 そんな言葉といっしょに、モモの足元にチョコンと座っていたダニエル君が、ピョンと彼女の膝に飛び乗った。
 「お前、いい事言うな。少し、見直してやる」
 モモの顔を尻尾で優しく撫でながら、ダニエル君があたしに向かって言い放つ。何だか、偉そうだ。ちょっと癪に障ったので、ちょっと刺を刺しておく事にする。
 「いえいえ。どういたしまして。ダンちゃん」
 ズコッ
 あ、ズッコケた。そのまま、コロコロとモモの膝の上から落っこちる。
 「だからぁあああ!!ダンちゃんって呼ぶなぁあああああ!!」
 嘆きながら、床の上をネズミ花火みたいにコロコロコロコロ転げ回る。そんな彼を見て、あたしとモモは一緒に笑った。
 「辛くない?」
 あたしは問う。
 「いいんだ。これが、あたしだから」
 一拍の躊躇もなく、答えるモモ。その目は、憂えている様で、とても強い。そう。彼女はずっとこうしてきた。幾つも悲しい命を見守って。幾度も可哀想な魂を天に送って。それでも、その優しさを失くさずに。生命(いのち)の守護者であり続けた。今までも。そして、これからも。
 「そうだね。それがモモ(あなた)だもんね」
 「そう。それがあたし」
 交わす言葉が、優しく絡む。
 まるで旧知の友と話す様な、心穏やかな会話。いや。実際、そうなのかもしれない。この身体に生まれて。短い時を限られて。その時から、彼女はあたしを見ていたのかもしれない。時には泣いて。時には笑って。一緒に。共に。寄り添っていてくれたのかもしれない。少し、その事を訊いてみようかとも思った。けど、少し迷ってやっぱりやめた。その行為は、きっと禁忌。モモ(彼女)はきっと、自分(死)が誰かの傍にある事を望みはしない。
 そうそう。言い忘れては、いけない事がある。
 「そう言えば、ありがとうね」
 「?」
 小首を傾げるモモ。そんな彼女に向かって、あたしは言う。
 「裕一の事。あの馬鹿、止めてくれてありがとう」
 「ああ、それなら筋が違うよ」
 そう言って、モモはあたしを見つめる。
 「あの子を止めたのは、あなたの言葉。あたし達の声じゃあ、あの子には届かなかった」
 「でも……」
 「それでも、感謝してくれるって言うのなら、また一つだけお願いを聞いてくれるかな?」
 「お願い?何?」
 今度は、あたしが首を傾げる番。そんなあたしに、モモはクスリと笑む。
 「大した事じゃないよ。ただ、覚えていて欲しいだけ」
 「?」
 「覚えていて。あなたの生命(いのち)は、与えられるだけじゃない」
 「!!」
 心臓が、ドキリとした。驚くあたしの心を見通す様に、モモが見つめる。
 「今度の事で分かった筈。あなたがいる事、生きる事が、誰かの生きる意味になっている事が」
 紡ぐ声音は、とても優しい。まるで、子供と話す母親の様に。
 「あなたの命は、与えられるだけじゃない。与える事も、出来るの」
 差し込む朱陽(あけび)を受けながら語る、純白の少女。その姿は、聖画に描かれた聖母の様に美しい。
 「だから、忘れないで。諦めないで。どんな時でも、生きる事を」
 「……うん」
 モモの願いを心に刻みつけながら、あたしは頷く。
 「そうすれば、いつか……」
 そして、彼女は最後に言った。
 「あなたと彼の想いと願いは、継がれるから……」
 一瞬、言葉の意味が分からなかった。継がれる?あたしと、裕一の想いが?やがて、その意味がゆっくりと頭に回って……。
 ボッ
 一気に、顔に熱が上がった。
 「え……?あ、それって……!?!?」
 考えた事もなかった。そんな事が。このあたしに、そんな”未来”があるなんて。
 「待って!?そんな事、だって、あたしは……」
 狼狽するあたしに、モモは微笑む。
 「言ったでしょ?一生懸命に生き抜けば、人は”遺す”事が出来るんだよ。この世界で一番、輝くものを」
 「あたしが……?裕一と……?」
 その時の感情を何て言うのか、あたしは知らない。無理に言葉にすれば、それは”喜び”なのだろう。でも、そんな言葉では表現しきれない。とても、とても、熱い想い。
 抑えきれない”それ”を抱きしめる様に、胸をかき抱くあたし。そんなあたしを見て、モモは本当に綺麗に、本当に優しく、微笑む。その足元では、転がるのをやめたダニエル君も、嬉しそうに笑ってた。


 「……さ、そろそろ行こうかな。ダニエル」
 そう言いながら、窓の縁から下りるモモ。ダニエル君がピョンと飛び上がって、彼女の腕の中に収まる。
 「……行っちゃうんだ」
 あたしの呟きに、頷くモモ。
 「いいんだよ。それで。死神なんて、傍にいていいものじゃない」
 そう言う彼女は、少し自嘲気味に笑う。
 「………」
 「………」
 返す言葉が思いつかない。しばし見つめ合った後、モモが囁く様に言った。
 「それじゃ。身体には、気をつけてね」
 紡がれるのは、最後まで優しい別れの言の葉。
 その顔が何だか悲しく見えて、だから、あたしはこう言った。
 「うん。またね」
 モモが、キョトンとした。
 「変な事言っちゃダメだよ。死神に「またね」なんて、縁起でもない」
 「でも、また会うよね」
 「!!」
 モモが、ちょっと眉をつり上げる。
 「あのね……」
 「分かってるよ、あたしは、生きる」
 言われる前に、言ってやった。
 「一生懸命生きるから、やりたい事、いっぱいやるから、それが終わったら、全部終わったら……」
 モモが、呆気にとられる気配が伝わる。あたしは一気に言い切った。
 「その時は、モモ(あなた)が迎えに来て」
 「………」
 「………」
 また、しばしの間。そして、
 「アハ……」
 華の様に綻ぶ、モモの顔。
 「アハハハハハハハハ」
 たまらないと言った様子で、笑い出す。ダニエル君が、「うわぁ、モモが壊れた!!」とか言って騒ぐけど、構わずに笑い続ける。
 ひとしきり笑うと、目尻の涙を拭いながらモモは言う。
 「そうだね。”いつかは”だね」
 あたしも、笑いながら言う。
 「そう。いつかは」
 「分かった。その時はきっと」
 近づいてくる、モモ。彼女に向かって、あたしは小指を差し出す。モモも手を上げて、小指を差し出す。
 「約束だよ」
 「うん。約束」
 そして、あたし達は小指を絡める。
 「「――指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます――」」
 見つめ合い、そして――
 「「指切った」」
 「アハハ」
 「ウフフ」
 友達の様に、笑い合う。いや、きっともう……
 「じゃあ、またね」
 「うん。いつか、また」
 「元気でな」
 笑顔と一緒に、交わし合う言葉。離れる小指。景色の向こうに沈む夕焼けが、一際眩い斜光を放つ。温かい朱陽(あけび)の中で、真っ白い姿が揺れて――
 ――リン――
 最後に、鈴の音一つ。
 そこにはもう、誰もいない。開け放った窓際で、白いカーテンが名残の様に揺れるだけ。
 確かな感触の残る小指を抱いて、あたしはしばし目を瞑る。
 閉ざした視界の遠くで、近づいてくる足音が聞こえた。ああ、彼が帰ってくる。随分と、待たせてくれた。さて、どうしてくれよう。あたしはグイッと目を拭い、病室のドアへと向き直った。


                                 続く
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