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2017年12月07日

―皐月雨―・11(半分の月がのぼる空・しにがみのバラッド。・シゴフミ・クロスオーバー二次創作)

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 作成絵師:ぐみホタル様(https://skeb.jp/@Gumi_Hotaru

 二次創作「皐月雨」、第11話掲載です。




                  ―優しい死神―


 「……何、笑ってるの?」
 僕の顔を見て、モモは怪訝そうにそう言った。
 どうやら、感情が顔に出ていたらしい。気味悪がる顔が、妙に可愛らしい。何だか、里香に言われているみたいで少しゾクリとした。やっぱり、M気質なんだな。僕は。
 「いや、ホントに何笑ってんだよ。気味悪いぞ。お前」
 お前に言われたくねぇよ。化け猫。
 まあ、このまま変人扱いされたまま終わるのもアレだし、とりあえず弁解はしておこう。
 「いやさ、言ったろ?やっぱり来てくれたんだなとか思ってさ」
 その言葉に、モモの顔が厳しくなる。
 「君の期待する様な理由じゃないよ」
 「分かってるよ。止めにきたんだろ。オレの事」
 言いながら、首にかけようとしていたザイルを外して解す。どうも、急いでやったせいで結わえ方が緩かったらしい。これじゃあ、ぶら下がった拍子に落っこちてしまう。それじゃ、あまりにも格好がつかない。さっきから気にしていたけど、下の階が騒がしくなる様子もない。里香は、看護師達を呼ばなかったのだろうか。ひょっとして、思わぬ事態に混乱して頭が回ってないとか?まさかな。そんなタイプじゃないよな。でもどの道、この様子じゃまだ時間はありそうだ。もう少し、ゆっくり事を進めてもいいかもしれない。何せ、僕の身体は出来るだけ早く見つかった方がいいのだから。
 そんな事を考えながらザイルを弄っていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、モモがこっちをジィッと見ていた。それが、何か居心地悪くて、僕はたまらず声をかけた。
 「……何、ジロジロ見てるんだよ?」
 「随分、ベタな方法にしたんだなって思って」
 「ああ、これな」
 言いながら、手に持ったザイルに視線を落とす。
 まあ、確かにベタだけど。僕だって、ない頭使って色々考えたのだ。どうすれば、自分の心臓を万全な形で里香に渡せるか。下手な方法を取って、心臓を駄目にしてしまっては元も子もないのだから。例えば、飛び降りて頭を打つなんてのは手っ取り早くていいと思ったけど、考えてみたら頭から先に落ちる保証なんてどこにもないし、間違って身体から落っこちたりしたら肝心の心臓が駄目になってしまう。前に考えた、風呂の最中に眠り込んで窒息するなんてのも、そこまで前後不覚になるまで眠りこける自信がない。酒や薬に頼ろうにも、アルコールや薬物の回った心臓なんて使えないし、大体睡眠薬なんて何処で調達すりゃいいのか分からない。で、結局、比較的心臓に害が及ばなそうな手段として思いついたのが首吊りだったという訳だ。まあ、ホントにベタだけど。
 「そういう事だから、後は上手くやってくれよ。死神(お前)だけが頼りなんだから」
 「……自分で言ってて、イカれてるとか思わない?」
 「ん?あー、そうかもな」
 モモの言葉に、僕は頷く。
 自分の思考が変な方向に傾いてるのは、自覚していた。死に対しての敷居が、酷く低くなっているのが分かる。死に対する忌避感は希薄だし、こうしてその場に立っていても、恐怖どころか緊張すらも感じない。
 壊れてしまったのかもしれない。と自分でも思う。
 あの日、里香が倒れた時。無数のチューブやコードに束縛された里香を見た時。あの、夢心地の様な日々が終わりを告げた時。
 僕の中で、何かが壊れてしまったのだ。
 でも、それでいいと思っている事も事実だ。こうなったからこそ、僕は里香を生かしてやれる方法にたどり着いた。本当の意味で、里香を守り続ける術を見つけられたのだから。
 だから、僕は言う。
 「いいんだよ」
 その顔に、薄笑みを貼り付けたまま。
 「これで、いいんだ」
 それを聞いたモモが悲しげに顔を曇らせたけど、それも気にする事じゃなかった。


 「……それが、本当にあの娘のためになると思ってるの……?」
 モモが問う。
 「ああ」
 何の迷いもなく、即答する。
 「里香が、生きるんだぞ」
 そう。里香が生きるのだ。僕の心臓で。僕の存在によって。こんな素晴らしい事が、あるだろうか。
 「すげぇだろ」
 そう言って、僕はまた笑う。
 「そう……」
 そんな僕を見て、モモは言った。悲しそうに。酷く悲しそうに、こう言った。
 「……見えて、ないんだね……」
 「……?」
 「どうして、人が騒ぎ出さないか、分からないんだ……」
 言葉の意味はもう、分からなかった。


 ギュッギュッ
 さっき慌てて結びつけたザイルを、改めて結び直す。慎重に慎重に。解けない様に。落ちない様に。
 そんな僕を、モモは黙って見ている。もっと、色々邪魔してくると思ったんだけどな。
 気になったから、聞いてみた。
 「邪魔、しないのか」
 「邪魔したら、やめるの?」
 すごく普通に返された。だから、こっちも普通に返す。
 「まさか」
 「でしょ。だったら、してもしなくても同じ」
 返ってきた言葉はとても疲れていて、そして悲しそうだった。
 「………」
 自分が間違っているとは思わない。思えない。ただ、酷く罪深い事をしている様な気になった。
 モモが、見つめてくる。今にも、泣き出しそうな瞳。どうにも、落ち着かない。話題を探して、話しかけた。
 「なぁ」
 「何?」
 「そんなに悪い事か?オレがしようとしてる事」
 「ほら。そんな事も分からなくなってる」
 静かな声で、モモは言う。
 「言うべき事は、この間全部言った。それすらも届かないのなら、もうその問いに答える意味はない」
 それは、確かかもしれない。あの時の、モモの言葉。必死の叫びにも似たあれでさえも、僕の気持ちを動かす事は叶わなかった。それならもう、彼女が僕に言うべき事はないのだろう。呆れられたというか、見放されたと言った所だろうか。
 まあ、それならそれで構わないけれど。邪魔が入らないのは、結構な事だ。ただ、頼む事は念押ししておかなければいけない。
 「……まあ、それならそれでいいけど、後の事だけはしっかり頼むからな」
 その言葉に、モモの目が変わった。呆れた様な、諦観した様な眼差し。これはこれで、ちょっとキツイ。すると、モモの周りをフワフワしていた化け猫が噛み付いてきた。
 「お前な、しつこいぞ!!モモはそんな事しないって言っただろ!?」
 「ああ、言ったな」
 「だったら……」
 「それで、分かったんだよ」
 「は?」
 僕の言葉に、化け猫がポカンとする。
 「優しいんだよな。お前のご主人様は。本当に」
 「……だから、何だよ?」
 ムッツリとした顔で、化け猫が問う。顔はそんなだけど、主人を褒められて嬉しいんだろう。尻尾がピンと立っている。どこか、誇らしげだ。なので、僕は言った。
 「だから、信じる事にしたんだ」
 「!!」
 化け猫の尻尾が、ブワワッと広がった。僕はそいつに、いや、モモに向かって言葉を放つ。確かめる様に。確信を、求める様に。
 「信じていいだろ?信じられるんだよ。お前なら」
 モモは何も言わない。言わないのは分かってた。だから、構わずに続ける。
 「お前、言ったよな」
 そう。モモは。この白い死神は、言ったのだ。『生かすために死ぬんじゃない。生き続けるために、生かす』のだと。
 彼女は知っている。人が、人に命を渡すその意味を。その想いの大切さを。だから、彼女は見捨てない。それが、どんなに間違っていても。どんなに利己的な行動だとしても。そこに込められた想いを、願いを、この優しい死神は決して見捨てない。見捨てられない。
 これから、僕がしようとしてる事。確かにそれは、壊れた想いかもしれない。盲目に過ぎた願いかもしれない。否定され、批判されるべきものなのかもしれない。それでもきっと、いや、必ず。モモ(彼女)は受け止めてくれる。その愚かしさを知りながら、手を取ってくれる。それが、僕がたどり着いた結論。だから、僕は決めた。終わりと言う、始まりに向かう事を。
 「君は、分かっていない」
 それでも、モモは言う。間違った僕を、止めるために。けどそれもまた、モモ(彼女)がモモ(彼女)である証。
 「例えあたしがそうしても、君の思う様には運ばない。世界は、そんなに優しくない」
 ああ。そうだな。分かってるよ。そんな事。だけど……。
 「いいんだよ。死神(お前)さえ優しけりゃ」
 「!」
 息を呑む気配が、伝わった。
 モモが、じっと僕を見る。
 分かったのかもしれない。分かるのかもしれない。この娘なら。この、真っ白な死神なら。
 そう。この計画は、ただ僕が脳死になればいいというものではない。僕の心臓が里香に移植されて、上手く機能してこその成功なのだ。
 心臓移植と言うものが、容易く出来るものじゃない事は知っている。そして、里香の身体がその負担に耐える事が出来るのかと言う事も。
 けれど、それでも僕は計画の成功を確信していた。理由は決まっている。モモが、いるからだ。
 彼女は、僕達の命を無駄にはしない。必ず、僕の命を里香に渡してくれる。それは、絶対に確かな事。だから、僕は計画を進められるのだ。この白い死神を。モモを、信じて。
 グイッ グイッ
 階段の手すりに巻きつけたザイルの、結び具合を確かめる。うん。これなら、解けて落ちる心配はないな。
 携帯の表示時間を見る。時間は午前三時三十分を回った所。もう三十分もすれば、夜勤スタッフ達が本格的に動き始める。そろそろ頃合だろう。
 手すりに巻きつけたザイル。その反対側に作った輪っかを改めて首に巻きつける。それをキュッと絞めて、手すりに足をかける。
 横を見ると、モモと化け猫がこっちを見ていた。諦めているのか、ただつっ立って見ているだけ。そんな様子に、ちょっとだけ心配になる。
 「おい、そんなボーッとして。大丈夫かよ?」
 問いかけてみるけど、返事はない。流石に呆れられたかな、とも思う。まあ、仕方ないか。大した問題じゃない。要は、彼女がしっかり事を成してくれればいいのだ。最後に、言っておく。
 「じゃあな……ってのもおかしいか。またすぐ、会うんだもんな」
 そして、モモ達に向かってヘラリと笑う。
 「じゃ、頼んだぞ」
 そして、手すりの向こうに身を踊らせようとしたその時、
 「君は、勘違いしてる」
 モモが、口を開いた。僕は、思わず動きを止める。
 「あたしは、優しくなんてないよ。少なくとも……」
 黒真珠の様な眼差しが、スゥと細まる。それに、ゾクリと悪寒が走った。固まった僕に向かって、モモは言う

 「君の想いを、台無しにするくらいにはね」

 「!?」
 瞬間、僕の手を温かい何かが掴んだ。
 ハッと下ろす視線。その先で、黒くて長い髪が踊る。
 「……里、香……?」
 ギリリ……
 呆然と呟く僕の手を、里香の手が痛い程に強く握り締めた。


                                     続く
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