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2017年12月16日

―皐月雨―・14(半分の月がのぼる空・しにがみのバラッド。・シゴフミ・クロスオーバー二次創作)

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 作成絵師:ぐみホタル様(https://skeb.jp/@Gumi_Hotaru

 二次創作「皐月雨」、第14話掲載です。





               ―最後の手紙―


 前にも言ったけど、僕の父親は、そりゃあ下らない男だった。
 呑んだくれでギャンブル好きで、妻子持ちのくせに女ったらしで。しょっちゅう母親を泣かせて、僕と殴り合ったりしていた。そうやって散々好き勝手やって、最後には酒の呑み過ぎでコロリと死んでしまった。全く、立つ鳥後を濁しまくりだ。正直、あんな男が父親だったなんて、僕の人生にとっては最大の汚点の一つだと思っている。
 ……まあ、稀には、ホントに稀には、正しい事を言ったりする事もあったけどさ。
 本当に。本当に。下らない奴だったんだ。
 だから、驚いた。
 本当に、驚いた。
 あの父親が、あの馬鹿男が。息子(僕)に想いを遺すなんて。


 「……相当意外だったみたいね」
 郵便配達が、さもありなんと言った顔で言う。
 『あの人だもんねぇ……。無理もないか……』
 杖も同意した様に、そんな事を言う。
 そのあからさまに不穏な態度に、僕は何とも言えない不安に襲われる。
 「……あいつ、何かした……?」
 「………」
 『………』
 沈黙。
 いやいや、やめてくれ。一応、僕の父親なんだぞ。
 『……聞きたい?』
 「……マヤマ……?」
 『ひぃ!!ゴ、ゴメン!!文伽!!』
 そんな事を聞いてきた杖に向かって、郵便配達が凄みの効いた声で言った。地獄の底の鬼が唸る様な声だ。ビビる杖。正直、こっちも怖い。
 一体、何やったんだ。あの馬鹿親父。
 「……あなたも訊きたいのかしら。冥土の土産に頼むというのなら、教えてあげてもいいけど?」
 昏い声でそう言いながら、杖を僕に向ける郵便配達。目が本気だった。明確に、命の危険を感じる。おいこら。人が死ぬのを止めたのは、お前らじゃないか。
 「い、いや!!訊きたくないぞ!!断じて少しもちょっぴりも訊きたくないぞ!!」
 僕の叫びを聞いた郵便配達が、スッと杖を下ろす。
 「そう。それはとても懸命ね。そうでなければ、またコードD3744を発動する必要が生じる所だったわ」
 『イヤイヤイヤイヤイヤ!!駄目だって!!こんな所でやっちゃ駄目だって!!病院が半分なくなっちゃうよ!!』
 杖が放つ魂の叫び。とてつもなく剣呑な言葉が響く。
 「あの男の時には、了承したじゃない」
 『……いや、あの時はその……、場所が場所だったし、ああしないともう文伽が収まらないと思ったし……』
 何だ。一体、何があった?
 知りたくない気持ちと、息子として現実から目を逸らしてはいけないという責任感がせめぎ合う。けれど、冥土の土産としてまで持っていく義理もない事に気づいて、やっぱり黙っている事にした。
 「……まあ、いいわ。過ぎた事だし、この子に詮索する気がないのなら、それで良しとしましょう」
 『あの人、無事に次の世に渡れるかなぁ……』
 ……ホントに、何したんだ。あの親父は……。


 「とにかく、戎崎裕一。あなたの父からの手紙よ。受け取って」 などと言いながら、郵便配達が改めて便箋を差し出してきた。その宛名欄に書かれた、「バカ息子へ」の文字。をジッと見る。アル中が酒の切れた状態で書いた様な、汚い字。見間違えようもない。間違いなく、僕の父親の字だ。って言うか、あの世に逝ってまで酔っ払ってんのか。あの呑んだくれは。
 「どうしたの?受け取らないと言うのなら、その阿呆みたいに開いた口に無理やりねじ込むけど?」
 ……前から思ってたんだけど、郵便配達(こいつ)僕にやたら風当たり強くないか?ひょっとして、あれか?父親のせいか?父親の因果が子(僕)に報いてんのか?どこまでろくでもないんだ。あの親父は。
 とにかく、紙の塊を口にねじ込まれるのも愉快じゃないので、手紙を受け取る事にした。でも、腑に落ちない事はある。僕は手の中の便箋をしげしげと眺めながら、郵便配達に訊いた。
 「でもさ。親父が死んだのは随分前だぞ。それが、何で今更……」
 「……頼まれたからよ」
 つまらなそうに澄ましていた郵便配達が、そう答えた。
 「頼まれた?」
 『君のお父さんにだよ』
 思い出すのも嫌そうな郵便配達の代わりに、杖が言ってきた。
 『この手紙を受け取った時、頼まれたんだ』
 「何て?」
 『息子に、いい女が出来たら渡してくれって』
 ……はぁ?
 何だ?それ?
 「品のない言い方」
 郵便配達がフンと鼻を鳴らしながら、言う。うん。僕もそう思う。
 「全く。言ってる事は同じ様な内容なのに、どうしてこう差が出るのかしら。きっと、人間としての質の差ね」
 ……どうやら、誰かと比べられているらしい。大概、酷い言われ様だけど、本当の事だから仕方ない。って言うか、本当に嫌な思いさせられたんだな。この郵便配達。まあ、この様子だと、多分セクハラ紛いだろうな。想像がつくのが、情けないけど。
 『でもねぇ、その息子の相手があの娘だもんね。何か、運命感じちゃうなぁ』
 杖は杖で、何か一人の世界で感慨にふけっている。おいコラ。僕を置いていくな。
 「とにかく、早く読みなさい。読んだら、破いて捨ててもいいわ」
 『あの〜、文伽?一応、配達夫としての矜持をね……?』
 かやかやと言い合う郵便配達と杖。付き合っててもしようがないので、こっちはこっちで事を進める事にする。
 あの馬鹿親父が、僕に遺した想い。あいつ、酒と博打と女以外に考える事あったんだな。そんな事を考えながら、便箋の封に指をかける。と、その指が震えている事に気づいた。何だ?緊張しているのか?僕が?あんな奴の遺した手紙に?
 ゴクリ
 いつの間にか、カラカラになった喉。唾を呑み込む音が、やけに大きくなる。在りし日の父親の姿が、走馬灯の様に脳裏を過る。飲み潰れ、大の字になっていびきをかく姿。馬券をすって、しょぼくれた背中。女遊びがバレて、荷物をまとめる母親に土下座をする姿。殴り合った時の、アルコールで濁った眼差し。全く、ろくなシーンが浮かんでこない。そんな中で、一番鮮明に浮かんできた光景があった。
 それは、あの真夏の日の光景。三十度を越える猛暑の中で、紺と白のパンツ一丁になった姿。そんな格好で、あの男は言ったのだ。

 ――おまえもそのうち好きな女ができるんだろうなあ――

 長年の放蕩で薄汚れた目を、キラキラ輝かせながら。

 ――いいか、その子、大事にしろよ――

 そう、言ったのだ。


 手が、震えていた。封が、切れない。いつの間にか浮いた汗が、ツウ、と顔を伝った。
 気が付くと、郵便配達が僕を見ていた。さっきまで、怒りまくっていた顔は、元の様に澄ましたものに戻っている。深く澄んだ瞳で僕を見つめながら、彼女は問う。
 「怖いのかしら?」
 ドキリ
 心臓がなった。
 「後ろめたい?父親の、遺志に反してしまった事が」
 そう。僕は、父親の言葉に反する事をしてしまった。僕は、里香を大事にしなかった。それどころか、傷つけてしまった。本当に、傷つけてしまった。
 僕は、里香を生かそうとしてあんな行動をとった。それは、確かに里香を思っての行為。少なくとも、自分ではそう思っていた。けど、実際にはそうじゃなかった。全ては、僕の自分勝手な自己満足。里香を遺して逝く事が、どういう事かを考えていなかった。いや、僕は知っていた。遺されていくと言う事が、どういう事かを。それは、本来僕が受け止めるべきものだった筈。けれど、少しの平穏の中で、僕の覚悟は緩まっていた。倒れた里香を前にして僕は恐れ、絶望した。そして、その恐怖から逃げ出そうとした。あろう事か、その恐怖を体(てい)良く里香に押し付ける形で。それが、どんなに彼女を苦しめるか。どんな呵責を彼女に負わせるか。考えもしないで。
 僕は、里香を泣かせた。好きな子を。父親が大事にしろと言った存在を、傷つけた。そのタイミングで渡された、父親からの言葉。何か、酷い失敗を見咎められた子供の様に、僕の心は縮み上がっていた。
 そんな僕に、郵便配達が言った。
 「読まなくても、いいのよ?」
 「……え?」
 「怖いんでしょ?逃げてもいいのよ?」
 そして、ニッと笑んで見せた。
 それまで、ずっと澄ましていた顔を、あからさまに。
 何か、凄く馬鹿にされた気がした。今考えれば、あれは僕の背を押すための挑発だったのだと分かる。
 でも、その時はそこまで考える余裕はなかった。
 カッと、頭に血が上った。
 あの父親に。あんな馬鹿親父にビビってると思われたのが、物凄く頭にきた。
 何だと!?ちくしょう!!ふざけんな!!
 憤る勢いのまま、便箋の封を切った。
 少し、アルコールの香気が舞った。


 気がつくと、僕は開いた手紙を手に持っていた。
 広げた紙の上には、例の汚い字がいくつも踊っている。
 郵便配達が、ジッと見つめている。急かす訳じゃない。威圧する訳でもない。ただ、その澄んだ瞳で見つめてくる。
 心なしか、優しく背を押された様な気がした。
 微かにアルコールの匂う手紙の上に、視線を走らせる。

 「――よう。裕一。元気か。元気だろうな。死ぬ理由もないもんな――」

 余計なお世話だ。

 「――好きな女は出来たか?出来たんだろうな。色気づきやがって。いっちょまえに――」

 ますます、余計なお世話だ。

 「――前にも言ったけどな。その女、大事にしろよ。逃げられたら、多分次はないぞ――」

 前にも思ったけどな、お前にそんな事心配される筋合いないぞ。

 「――そんなお前に、一つ言い忘れてた事がある――」

 ?

 「――おれは母さんに尽くした。精一杯尽くした――」

 ……読んで、頭がクラクラしてきた。どの面下げて言ってんだ?こいつは。

 「――だが、一つだけ、上手くなかった事がある――」

 上手くなかった事?一つだけ?何言ってんだ。何もかもじゃないか。

 「――それを、息子のお前に託しておきたい――」

 託したい?あいつとの記憶の中で、初めて出てきた言葉だ。って言うか、そんな真面目な言葉知ってたのか。あんだけ好き勝手してきて、この上何が心残りだってんだ。そんな事を考えながら、次の文に目をやった。

 「――お前、死ぬなよ――」

 ――――っ!!
 思わず、息が止まった。まるで、悪戯を見つかった子供の様に。僕は、息を飲んだ。

 「――おれは、母さんより先に死んでしまった。それだけが、心残りだ――」

 何だ?何を言おうとしてるんだ?こいつは。

 「――だから、裕一。お前は死ぬな。好きな女の事を思うなら、絶対にその子より先に死ぬな――」

 ………。

 「――好きな相手に置いてかれるのは、たった一人で遺されるのは、辛いもんだ。そんな思い、男なら絶対女に、まして惚れた女にさせるな――」

 ……嘘だろ。あいつが、こんな事を考えて逝ったなんて。思いも、しなかった。好きなだけ好きな事をして、何の未練もなくあの世に逝ったと思っていたのに。

 「――それでもおれは、母さんにお前を遺す事が出来た。母さんを、たった一人遺す事だけはしないで済んだ。全部、お前が生まれたお陰だ。ありがとう――」

 ……誰だ?こいつは。

 「――おれが、伝えたかったのはそう言う事だ。繰り返して言う。いいか?裕一。絶対に死ぬなよ。惚れた女よりも、そして母さんよりも、絶対に先に死ぬな――」

 信じられなかった。あいつが、あの父親が、母親も、家族も放り出して放蕩三昧だったあいつが。こんな事を僕に伝えようとしてたなんて、絶対に信じる事が出来なかった。これは、誰かがあいつのふりをして僕を担ごうとしてるんじゃないか。そんな気さえしてきた。
 チラリと郵便配達の方を見る。彼女は、黙ってこっちを見つめている。その瞳に、嘘の色は見て取れない。彼女が、小首を傾げた。自分の猜疑心を見透かされる様な気がして、僕は慌てて視線を手紙に戻した。すると――

 「――追伸 この手紙を届ける配達人はいい女だが、くれぐれも変な気は起こすなよ。後でおれが口説くんだからな――」

 そんな文面が飛び込んできて、一気に力が抜けた。
 父親だ。間違いなく、あいつだ。死んでも、何も変わってない。あの頃のままだ。
 ……そう。あの頃の、ままだ。
 「く、くく……」
 何だか、笑いがこみ上げてきた。それと一緒に、何か熱いものも込み上げてきたけど、それには気づかない事にした。
 「はは、ははは!!何だよ、これ!!馬鹿じゃねぇの!?あの親父!!」
 うはは、うははと僕は笑う。目から溢れる、雫。それを散らしながら、僕は笑い続ける。郵便配達と杖が呆れた様に溜息をつき合ったけど、構いやしない。僕は、いつまでも笑い続けた。


 しばし後、ようやく笑いの収まった僕は、手紙をピラピラしながら郵便配達に訊いた。
 「なあ」
 「何?」
 「これ、破ってもいいんだろ?」
 『ええ!?本当(マジ)でやるの!?』
 杖の方がかなり真剣に驚いたけど、郵便配達の方は平然と答えた。
 「別に構わないわ。手紙(それ)はもう、あなたのものだから。好きにして」
 「そうか。じゃあ……」
 僕は手紙を両手で摘むと、一気に引いた。
 ビリィッ
 小気味の良い音を立てて、真っ二つになる手紙。杖が『ああ、やっちゃった……』と嘆いたけど、知った事じゃない。
 ビリッ ビリッ ビリリッ
 何度も何度も紙を引いて、小さく小さくちぎっていく。やがて、細かい紙屑になったそれを、僕はパッと空へと撒いた。宙に散らされた紙の群れは、吹いてきた風に乗って夕焼けの空へと散っていった。


 『あ〜あ。いいのかなぁ……』
 「大丈夫よ」
 ぼやくマヤマに、文伽は言う。
 「想いは伝わったわ。間違いなくね」
 散り散りになって舞い散っていく手紙を見送る、戎崎裕一。そんな彼を見つめながらそう呟いて、奇跡の体現者は微かに微笑んだ。


 「じゃあオレ、そろそろ里香の所に戻るわ」
 「そう」
 『あの娘に、よろしくね』
 僕の言葉に返ってきたのは、そんな返事。屋上のドアの取手を掴みながら、僕は問う。
 「何だよ。お前らは会っていかないのか?里香に」
 「もう、会う必要はないわ」
 『残念だけど、次のスケジュールが詰まってるんだ』
 郵便配達の方はそうでもなかったけれど、杖の方は少し急いている様だった。
 「そうか。お前らも大変だな。郵便配達」
 「これがわたしの仕事。気にする事じゃないわ」
 いつもどおり、ツンと澄ました声。初めて会った時はカンに障ったそれが、今は耳に心地いい。と、
 『ちょっと待って』
 杖の声が、言った。
 『この娘の名前は、郵便配達じゃないよ。名前は”文伽”。忘れないでね』
 「別に、覚える必要はないわ。もう、会う事もないでしょうし」
 ――もう、会う事はない――
 その言葉に、少しの寂しさを感じたのは気のせいだろうか。
 「そうか。それなら、一応言っとかないとな……」
 それを誤魔化す様にそう言って、僕は振り向いた。
 「いろいろ、ありがとな。ふみ……」
 けれど、そこにはもう誰の姿もありはしない。ただ、取り残された紙屑が一枚、ヒラヒラと風に舞っていた。


                                  続く
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