2016年12月04日
霊使い達の旅路 第一章・六話(遊戯王OCG二次創作)
久々の更新。ここからは霊使いSSを飛ばします。
―6―
刻は流れて、月が天頂に昇る頃。
氷結界の本殿で行われていた宴は、自然と終焉を迎えていた。
まあ、何の事はない。酒が回りきって、参加者全員が酔い潰れただけである。
光源の蝋燭が尽きた大広間は、明り取りから差し込む月明かりで淡く照らし出されている。
と、
ムクリ
死屍累々と転がる酔者の群れの中から、音もなく身を起こす人影が二つ。
「はあ。みなさん、やっとねてくれたです......」
「......声が大きい。気づかれるぞ......」
「だいじょうぶ。みなさんぐっすりねてるですよ」
言いながら立ち上がるライナ。それを追う様に、ダルクも立ち上がる。
「ひょうけっかいのひとたちはおさけがつよいですね〜。あやうくこっちまでつぶされるところでした......」
ボサボサになった髪を整えながら、ライナが頭を振る。
「......大丈夫か......?」
「しょうじき、ちょっとフラフラするです......」
それを聞いたダルクが、ガサゴソと腰の小物入れをまさぐる。そして取り出すのは、先日購入していた『ヴェノム・コブラの薬酒漬け』の小瓶。
二本あるうちの一本を、ライナに向けて放ってよこす。
「......飲んでおけ。酔いが抜けるらしい......」
受け取ったライナ、露骨に嫌な顔。
「うぇ。これのむですか?」
「......飲め。ここから先は、ヘマ出来ないんだろう......?」
先に瓶を空にしたダルクが、顔をしかめながら言う。
「うう、ありがたいんだか、はためいわくなんだか......」
ブツブツ言いながら、ライナも小瓶の封を切る。
「......ほら、お前らも起きろ......」
酔い潰れている使い魔達を摘まみ上げるダルクの横で、瓶を空けたライナがキョロキョロする。
「......エミリアさんたちのすがたがありませんね......」
「......アイツ等はアイツ等の目的を果たしに行ったんだろ。何か企んでる様だったからな......」
「そうですか......」
少し寂しそうな素振りを見せるライナを見て、ダルクは言う。
「......あまり肩入れするな。アイツ等が何をしてきたか、知ってるだろう......?」
「でも、あのひとたちは、つぐなっていますよ?」
「......なら、尚更首を突っ込むな。アイツ等の罪は、アイツ等が償うものだ。僕達が、手を出すべきじゃない......」
「......はい」
ダルクの言葉に頷きながらも、ライナの目はかの者達の姿を追う様に薄闇の向こうを彷徨った。
それからしばし後、暗い回廊を歩くライナ達の姿があった。
『うぇ......。気持ち悪い......』
『視界ガぐるぐるシマス......』
『......飲みすぎだ。お前ら......』
フラフラと飛び回る使い魔達に呆れた視線を送りながら、ダルクは先を行くライナに問いかける。
「......ライナ......」
「なんですか?」
「......そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないか......?」
「......なにを?」
「......氷結界(こんな所)まで来て、お前、何を考えてる......?」
ピタリ
立ち止まるライナ。肩越しの眼差しが、ダルク達を見つめる。
しばしの間。
やがて、小さな口が躊躇う様に囁く。
「酷い......事です」
「......酷い事......?」
キュウと細まる、ダルクの瞳。
「......お前、何を......」
そう、問い詰めようとしたその時、
『そこにいるは、何者です!?』
「「『『!!』』」」
突然飛んできた声に、皆が身を固くする。速まる鼓動を抑えて目を凝らせば、回廊の奥の闇の中で光る目が数個。
『何者かと訊いています』
『答えなさい』
そんな言葉と共に、闇の向こうから歩み寄ってきたもの。それは、氷を纏う狐の様な姿をした2匹の獣だった。
その姿に、ライナ達は覚えがあった。
「ひ、『氷結界の守護陣』さん!!」
――『氷結界の守護陣』――
虎王ドゥローレンや番人ブリズドと同じく、氷結界を守護する聖獣の一柱。とは言っても、その神格は低く、多勢で協力し合って地を守る任についている存在。ライナ達も昼間、氷結界のあちこちで警護に当たっている姿を目にしていた。
『ああ。貴女達でしたか』
自分達の名を唱えた相手が、皆で歓迎した客人一行である事を認めると、2匹の守護陣はその警戒を緩めた。
『如何いたされました?』
『この様な夜更けに』
穏やかな声で問うてくる守護陣達。
「あ、あの、それは、その......」
突然の事態にテンパるライナ。その有様に、守護陣達が怪訝そうな顔をする。
『どうされました?』
『何か不都合でもありましたか?』
「そ、それはその......」
「......て訳だ......」
後ろから進み出たダルクが、ライナの頭をポンポンと叩く。
「......こいつら、飲みすぎてな。見ての通り呂律も回らない。だから、少しばかり外の空気を吸わせてやろうと思ってね......」
そう言いながら、親指で示す先にはフラフラと宙を彷徨う使い魔二体。
『あら、まあ』
『それは大変』
コココ、と笑う守護陣達。返す様に、ダルクも笑う。
「......という訳だから、ちょっと外に出てくる。構わないだろ......?」
『それは構いませぬが......』
『大丈夫ですか?薬湯でも、お持ちしましょうか?』
心配気に、ライナを覗き込んでくる守護陣。ダルクはライナの髪をクシャリと撫でて、彼女の顔を隠す。手に伝わる呼吸が荒い所を見ると、ライナの方も意図を悟って調子を合わせているらしい。
「......何、それには及ばないさ。酒癖が悪いのはいつもの事でね。外の空気を吸えばケロリと治る......」
「そ、そうですぅ〜〜〜。はやくぅ〜おそとにつれていってくださいぃ〜〜〜。でないとぉ、ここでもどしちゃうですぅ〜〜〜」
何とも情けない声を上げるライナ。それに、思わず吹き出す守護陣達。
『あらあら』
『大変大変』
「......じゃ、そこを通してくれ。でないと、この馬鹿本当にここでぶちまけちまうぞ......?」
『承知しました』
『それならば、ご一緒しましょう』
「「え゛?」」
その申し出に、慌てる一同。
「だ、だいじょうぶですよ?おふたりとも、みまわり(おやくめ)のとちゅうでしょう?ライナたちは、ダルクがいればだいじょうぶですから......」
演技も忘れて取り繕うライナ。
しかし、守護陣達は首を縦には振らない。
『そうはいきません』
『客人を、危うい目に合わせる訳にはいきませぬゆえ』
「......危うい......?」
その言葉に、ダルクが眉をひそめる。
「......どういうことだ?もう氷龍達はいないんだろう?それなのに、何が......?」
かけられた問いに、2匹の守護陣は顔を見合わせる。しばしの間。やがて、頷き合うと、こんな事を話しだした。
『実は、現在の氷結界(ここ)には別の危険がある様なのです』
「......何だって......?」
『少し前より、夜闇に紛れて暗躍する者共がいます』
守護陣達は、淡々と話す。
ここ最近、夜が更けるとともに、その闇の向こうに怪しい気配を感じる者達が増え始めた。
曰く、入り組んだ氷の迷宮内で、響く蹄の音を聞いた。
曰く、夜闇に沈んだ回廊で、蠢くおぞましい影を見た。
曰く、広場に築かれた慰霊碑の前に、佇む人影を見た。
そんな話が広まり、平和を取り戻した筈のこの地に、微かな影を落としているのだと。
それを聞いたダルクが、道中で聞いた噂話を思い出す。
「......確かに、そんな話は聞いたな。けど、ただの噂だろう......?」
しかし、守護陣は静かに首を振る。
『我らも最初はそう思っていました。しかし、この頃になって、行方の分からなくなる者達が出始めました』
「「『『!!』』」」
『皆、根拠のない噂を晴らそうと、件の場所に出向いていった者達です。多くの者達は何事もなく戻りましたが......』
『そのうちの幾人かが......』
「......戻らなかった、か......?」
頷く守護陣。
皆が、ゴクリと唾を呑む。
『今の所、怪異が現れるのは、居住区から外れた洞穴や戦時の廃墟に限られています』
『故に、件の場所は人が入らぬ様にしています。ですが、万が一と言う事もあります故』
「「『『......』』」」
しばしの沈黙。やがて、ライナが呟く様に言った。
「......分かりました」
「ライナ?」
その言葉に、ダルクが訝しげな視線を向けた瞬間――
「ごめんなさい」
途端、守護陣達の前で展開する魔法陣。
『え?』
『あ......』
クタクタと崩れ落ちる守護陣達。それを見たダルクが呟く。
「......『催眠術(ヒュプノス・シンドローム)』......」
「よいしょ......」
眠り込んだ守護陣達を廊下の隅に横たえると、ライナは窓から覗く天空を見上げる。
そこには、天頂からずれ始めた月がある。
それを見つめ、ライナは言う。
「余計な時間を食いました。急ぎましょう。」
その瞳に、何処か鬼気迫る光を宿して走り出すライナ。
「『『......』』」
そんな彼女の後を、ダルク達は無言のままに追った。
暗い回廊を駆け抜け、本殿の外へと抜けたライナ。星の流れる夜天。それを見つめ、呟く。
「あっち!!」
後ろも振り返らずに、走り出す。
『チョ、チョット!!姉上様!!』
『待ってよ!!ライナ!!』
「......あいつ......」
その姿を見失わない様に、ダルク達も後を追う。
「早く......早く......!!」
何かに取り憑かれた様に、ライナは走る。緩い崖を駆け下り、暗い氷洞を抜け、氷結界の奥へ奥へと進んでいく。
『ライナ......速い......』
『......姉上様ハ、何ヲ考エテオラレルノデショウ?』
「......」
使い魔達の言葉に答える事なく、ダルクはただライナの後を追う。
やがて、ライナが足を止めたのは、奇妙な場所。氷の峰と洞穴だけで成る筈の氷結界において、その場所だけは大きく開けていた。
一切の岩も氷塊もなく、真っ平らに凍てついた大地はまるでスケートリンクの様。その上も岩蓋に覆われる事なく、ポッカリと口を開けた星空が一面に広がっている。すでに居住区から遠く離れたその場所は、垂れる夜闇に覆われてはいても、振り降りる月光と星光に照らされて淡く輝く様に浮かび上がっていた。
『ここって......』
『自然二出来タ場所ジャナイ......。一体......?』
やっと追いついた使い魔達が口々に言う。その横で、ダルクは苦しそうに息をつくライナの背を見つめる。
「ライナ......」
静かな声で、語りかける。
「こんな所で、何をするつもりだ?」
『ますたー?』
『ダルク、ここが何か知ってるの?』
かけられる問いに、ダルクは頷く。
「ここは『降災の地』だ......」
『こうさいの......』
『......地......?』
その忌まわしい響きに、使い魔達が眉を潜める。そんな彼らに教えるためか、それとも独り言か。ダルクは淡々と続ける。
「ここは、かの時代、最初の災厄が降り立った場所......」
『最初ノ......』
『災厄......?』
「ここは、喚忌の侵略者、『ワーム』達が最初に降り立った場所だ!!」
『『......!!』』
思い得ぬ言葉に、使い魔達が目を見開く。
『ワーム』
それはかつて、この地に因果摂理の向こうから降り立った者達。
外宇宙の、全く異質の存在たるそれは、交わし合う事叶わず。思い合う事叶わず。
ただ一つの意思を持って、この星への侵食を始めた。
知能はあれど、心無きその存在。
和解の道などある筈もなく、この地の者達には武器持て戦うより他に道はなかった。
かくて、長き大戦の幕は上がる。
その先に、更なる混沌と災いを呼び覚まさんが為に。
「ライナ!!」
ダルクは叫ぶ。
「答えろ!!お前はここで、何をする気だ!?」
「......”酷い事”ですよ」
振り返りもせず、ライナは答える。
「さっきから言ってるな。何だ?その酷い事って......」
「ダルク、ラヴィ、ディーちゃん。帰っても、いいですよ?」
妙な冷たさを孕んだその言葉に、ダルクは眉を潜める。
「......何、言ってる......?」
ついと、肩越しにライナがこちらを見る。灰色の瞳が、月の光の中で妙に輝いて見えた。
「氷結界(ここ)の人達は、本当に良い人ばかりですね。さっきの宴、本当に楽しかったです」
「ライナ......」
「これからライナがする事は、氷結界(ここ)の人達に対する裏切り。この地のために戦った人達に対する裏切り。この地のしがらみを解き放つために頑張った、エリアちゃんに対する裏切り。そして、この世界に対する裏切りです」
輝く灰色の瞳が、寂しげに笑む。
「考えてみたら、そんな業、皆まで負う必要ありませんね。だから、帰ってください」
「お前、まさか......」
黙って聞いていたダルクが、能面の様に色を無くした顔で言った。
「はい」
涼やかな声が、ハッキリと答えた。
「ライナは、ここでもう一度『ワーム・コール』を喚起します!!」
その言葉に身震いするかの様に、一陣の風が峰々の氷洞を吹き鳴らした。
続く
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「酒癖が悪いのはいつもの事でね。」
「ここでもどしちゃうですぅ〜〜〜」
嘘をつくコツは本当の事も混ぜておくこと、らしい。あれ?おかしいな。ウソが見当たらない……
曰く、入り組んだ路地裏で、ろれつの回らない唄を聞いた。
曰く、闇夜に隠された道端で、背中をさすられている者を見た。
曰く、朝のゴミ集積所で、覚醒する異邦人を見た。
そんな話が広まり、平和を取り戻した筈のこの地に、微かな影を落としているのらしい。
それはそうと『ヴェノム・コブラの薬酒漬け』これはかなりキツそうなお酒ですねw