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2020年11月21日

アナザースカイ

スーパーモデル冨永愛の回を、久々に見返した。
「アナザースカイ」
日本テレビのヒューマンドキュメント。
5Dというスチールカメラで撮影されたドキュメント部分に、毎回ゲストの人生観が垣間見られ、大好きな番組のひとつである。
仕事の先輩に「カメラの質感など面白いから見てみろ」と勧められ、以来、長く見続けている唯一の番組といえる。

「人を引きつける何かなんですよ」
「私もいまだに分からないです」
「ただやっぱり魅力的でないといけないのは確かで、そこを私たちは模索し続けているんだと思うんですよ常に」

共感。私はファッション業界の人間ではないが、答えのないものに向かって、常に「正解」を求めて試行錯誤している。

「37で、今年38で、パリコレ復帰ってカッコいいじゃん」
「そういうのをやりたかったんですよ」
「その年でモデルでパリコレ復帰してるアジア人っていないから、めちゃくちゃカッコイイじゃん」

世の中、女は若いが花、若いうちに嫁に行け。
そんな価値観であふれていて、生きづらい、風当たりが強いなんて弱気になっていた私に、ガツンとジョブをくらわした名言だ。

世界レベルの文化人は、やはり己の哲学を確立している。
それがどんな職業であろうと、人間力の高さは尊ぶべきものだ。


彼女は絶対的に美しい。
外見的なものだけでなく、内面的なものも。
私も胸張って生きるために、今は充電をきちんと全うしなければならない。
と、気が引き締まる思いをした。

2020年10月25日

新たな生活様式が定着しつつある

あれだけ外出が好きで、あれだけ海外旅行が好きで、あれだけ外食が好きだった自分が、おしとやかに家で自炊なんかをしている。
これはすべてコロナパンデミックが与えてくれた恩恵だ。

こう自宅での引きこもり生活が続くと、美容への関心も薄れていく。
まず、ファンデーションを塗らなくなる。
そして、美容院へ足を運ぶ回数も減る。
決定打は洗顔料などのコスメにお金を全くかけなくなった。

今使っているのは、コンビニで3個1セットの固形石鹸。
体も顔も同じ石鹸で洗っている。
しかし、これですこぶる肌の調子がいいのだ。
やれ、あの洗顔がいいだの、やれ、あの化粧水がいいだの、色々情報収集しつつお金をかけてきたこだわりのコスメは、一体なんだったのだろうか。
結局肌に対して余計なことをしなければ、本来の健康な素肌になるということが証明されつつある。

先の見えないコロナパンデミック。
ただ、このような混乱がなければ得られなかった経験を「+」として前を向き続ける精神力が、この時代を生き抜く糧となる。
苦しい中にわずかに差し込む光に、自分はちゃんと生きていけると、生の実感を噛みしめる毎日は、この上なく貴重な時間なのだ。

2020年08月16日

タクシーの雑談が私にジャーナリズムを教えてくれる

先日、仕事でタクシーを久々に使った。
偶然にもその時乗車したタクシーの運転手の方は、元自衛官だという。
そこで語ってくださった、日本の自衛の法律の在り方。
自衛官に向かって銃が撃たれなければ、撃ち返すことができない。
こうした法律のもとで、仲間は身を盾にして民間人を守り、命を落としていった。
その方は悔しさを噛みしめるように語ってくださった。

タクシーでの雑談は、時にジャーナリズムの精神を奮い立たせてくれるような会話となることがある。

とある取材で使ったタクシーでの会話。
そこは、東日本大震災で津波の被害に遭った石巻市。
落ちそうで落ちない大きな岩が合格祈願の名所となっている、という取材で訪れたのだが、タクシーの中で運転手の方が語ってくださったのは、その津波のことだった。
自分の孫が大川小学校に通っていてね、津波に飲まれた。
孫は二人。
下の子は土砂の3メートルほど下に埋まっていたんだけど、お姉ちゃんのほうがどうにもこうにも見つからない。
捜索活動は打ち切りになったものの、諦めきれず再度お願いした。
再び掘り起こしたところ、お姉ちゃんの方も見つかったのだという。
6メートルも深いところだった。
運転手の方は、そっと頬をつたった涙をぬぐった。

取材の帰りがけに大川小学校に立ち寄ってくださった。
手を合わせてやってください。
一個人として立つ、被災地の現場。
震災発生から3年は経っていただろうか。
自然の猛威は、人知をはるかに超えている。
やり場のない怒り。
無力な人間の情けなさ。
現場に立つことで、私は何を見て聞くべきか、その見聞きものをどう言葉にすべきなのか。
色々考えてしまうのだ。

タクシーを乗り回せるほど給与に余裕はないが、たまに乗り込むと、こんなご褒美をくれる。
人生、捨てたもんじゃない。

2020年07月11日

呑み方

仕事の帰り道に、癇に障る中年サラリーマンの大声。
大笑いする声。
酔っ払いが嫌いな私は、少し前まで酔っ払いだった。

飲んだくれることがとにかく楽しかった一時がある。
飲み仲間がいて、たわいもない、何の生産性もない話をして、意味もなく大笑いをして。
一人ではないことに安心感を覚えていたのだろうか、あの時の私は。

ただ、今はそんな酒の呑み方はまっぴらだと思う。
とにかく極上にうまい酒を、ほろ酔い程度にたしなみたい。
このお酒が本当に美味しかったから、またあのお店に行きたい。
そんな本質的な美味しさを追求したお店を贔屓にしたいものだと、この年になると考えるようになる。


思えば、私の親友も飲み歩かない。
彼女とはご飯しか行かなかった。
必ず21時前には解散して、各自自分の時間を確保する。
彼女との関係はベストだ。
親しい中にも礼儀あり。
ある一線から先のプライベートは立ち入らない心意気。
そんな関係の友人とこそ、一緒に盃を交わしたい。

年を取るといろいろこだわりが出てきて、融通が利かなくなる。
その辺にあるものでは、満足できなくなってくるのだ。

とにもかくにも、コロナパンデミックの真っただ中、そして、何もしてくれない行政のもと暮らさなければならない私たちは、自己防衛のためにも不要な飲み歩きは控えたいものだ。
癇に障るおっさんの大声は聞きたくない。
イライラする。

2020年07月10日

私はどんなおばあちゃんになるのだろうか

ふと思うのだ。
このまま仕事に家事に、毎日があっという間に過ぎていって、もう一年経ったなんて毎年のように同じセリフをはいて、いつのまにかおばあちゃんになっている自分。
どんな姿なのだろうかと。

目の前にあるやらなければならないことをひたすらこなす毎日。
その中にも私の表現欲を満たすこともあって、些細な幸せ、達成感を味わいながら眠りにつく。
この日常が、実は嫌いではない。

特大の花火を打ち上げるような、派手な仕事はできないけれど、小さな線香花火のはかなさを味わい尽くすような仕事人。
これが私。
そして、そういった仕事を続けて、私は死ぬ前、どんな姿なのだろうかと、最近よく思うようになった。

前にお世話になったジャーナリストの方のお母様は、新聞を読みながら逝かれたという。
その方は、3人の子どもを産み、3人とも著名なジャーナリストに育て上げられた。
なんとも粋な生き様。
私も、次はどんなネタを取材するか、テーマにするかと考えながら、新聞を読みながらコロッといきたいものだと。

きっと周りには、この頼りない人間をほっとけないちょっとおせっかいで根の優しい人たちがいて、彼らによって私は幸せをかみしているのだろう。
そんなおばあちゃんになっているような気がする。私は。

2020年06月30日

コロナパンデミックで得たもの

こんな言い方は不謹慎。
百も承知で言うが、コロナパンデミックで収入に大打撃を受けた私は、大きなものを得た。

自粛要請による、強制的な引きこもり生活。
そこで人々は「バーチャル世界に生きる、新たな自分」と出会った。

人々というよりかは、私の話。
家に居ながらにして他人と交流できるバーチャル世界。
このコロナパンデミックでその存在価値の認識が以前とがらりと変わったように思う。

バーチャルはうさんくさい。
そこから、バーチャルによって経済が回せる、に変わった。

実物を目の前にする労働は尊い。
ただ、バーチャル世界で動かせる経済もあることに人々が、日本の経済の中枢に立つ人々が気づいたことが、この変革の根幹にあるのではないだろうか。


今、私はバーチャル世界のもう一人の自分と向き合っている。
不器用で人一倍努力をしないとのし上がれない。
現実世界とそう変わらない。
ただ、現実世界では決して接点を持たなかった人たちと意気投合する瞬間は、なんだか不思議な気分になる。
これが21世紀の新たなる世界だ。
ドラえもんのような道具の開発だけではない、未来図。
もうすぐ目の前で起こり始めていることに、コロナパンデミックは気づかせてくれた。

2020年06月16日

ときどき、たまに、ブルー

あの子が逝ってからもう数か月経つというのに、ふとした時に涙がつたう。
私はまだ立ち直れない。

私はあの子を好きすぎたのだ。
仏教の教えの中に、好きになりすぎないこと、という教えがあるのだとか。
好きになりすぎると、それを失った時に心の制御を失ってしまう。
だから、好きになりすぎない。

あの子の存在があまりにも大きく、あの子の存在でいままで歩んでこれたことに、失って初めて実感し、私はまだ、ときどき、ブルーになる。


母親から、「ひめりんごの樹に花が咲くころ、虹の橋を渡った犬から手紙が来る」という絵本を教えてもらった。
「ある日 犬の国から手紙が来て」。

「あの子、ちゃんと字書けるかしら?」
「どうせ、おいしいものください、みたいなことし書いてこないわよ。」
なんて笑ってみたり。
けれど、結局その茶番がむなしくなって、こんなことを書いてくると思ってしまう。
「また会いたいね。」


また、キミに会いたい。
未だに立ち直れない私は、たまに、ブルー。
目に映る光景はいつもセピア色。
そんな私の風景に、彩が差すのはきっと、ひめりんごの樹に花が咲く、いつの日か。


2020年04月11日

贅肉の付き過ぎた私生活から

人生史上一番と言っていいほどの節約生活。
人はこんなにもお金を使わずに生きていけるのかと、つくづく人間の図太さに感銘を受ける日々である。

この極貧生活に耐えられるのには、理由がある。

あるライブ配信だった。

それはコロナパンデミックで混乱に陥る直前のこと。
このときからすでに私の生活は大ピンチを迎えていた。
ただ、その配信で映し出されているのはカンボジアの日常。
贅沢のぜの字も知らないのに、ただ、この上なく幸せそうな表情をした人々の姿があった。
また、そうした人に心動かされ、自身の人生を変えようとする配信者の姿もあった。

私はそもそもこういう世界を取材したかったのではないか?

蘇るのは、約10年前の、海外取材デビュー作。
ネパールで出会った、新たな価値観だ。
当時、年収はいくら以上、身長はいくつ以上、車は何に乗っていて、だの、嫌味な高飛車女を装っていた自分に、振りかぶってパンチを食らわせたのが、第三世界の幸福だった。

あのときと似た、この衝撃。
随分と私は贅肉を増やしてしまったようだ。
肥えた私生活。
その肉を削り取るような生活の変化は、不思議と心地よかった。
そして、ぱっと見えてきた、将来の自画像。

進むべき道は、辛い思いをした分だけ大きく開けていく。

今はまさに冬の時代。
耐えて、耐えて、そして、蓄えて。
表現が明確に見えてきた今、贅沢なんかしなくても、とても心穏やかに過ごせる。
まさに、理想の生活を手に入れた。


2020年03月05日

何を土産に持ち帰る?

今朝も同じように、目覚めては彼女を思い泣いた。
泣きながら思った。
はて、私は実家に帰るとき、何を土産に持ち帰るのだろうか?
あるホテルのスコーンでいいのか?

この15年、彼女から与えられたものは、この冴えない仕事の他に、何があるのか?
そう思ったら、手ぶらでは帰れないと思った。
涙が一瞬でひいた。

私は何も形に出来ていないではないか。
形にしないと。
そう思ったらいつまでもメソメソしてられない。
「ちょっと、何やってるの?」
彼女があの上目遣いでじっと見つめてきそうだ。
「何?」
そういって、ごまかして抱き上げようとすると、ぷいっとしてしまって、向こうにトコトコ歩いて、ふうっと大きなため息をついて丸まってしまうだろう。
彼女に合わせる顔がないのだ。
これはやばい。

私は15年、何をしてきたのか。
そろそろ形にしていかないといけないということだ。
「私は美味しいもの食べれればそれでいいです。」
人の気も知らないで、のんきにのがみの食パンでも頬張っていそうだな、彼女。

さあ、仕事をしよう!
土産を持ち帰るために!

書いても書いても気持ちがおさまらない

彼女は私にとって生の象徴だった。
彼女の息遣い、ぬくもりが、私に「生きている」ことを実感させてくれた。

彼女が家に来たとき、ちょうど父方の祖父が亡くなった。
もう長くない。
みんなでお見舞いに行って、最後の挨拶をした。
この時私は、死というのはなんて残酷なんだと思った。
全然きれいじゃない。
むごいだけじゃないか。
私が大好きだったのは母方の祖父の方で、でも父方の祖父がただ呼吸をさせられているだけの状態を見て、
胸をえぐられる思いがした。

死は残酷だ。

そんな中で、彼女は生きていることをその体で伝えてくれていた。

いつまでもいつまでも、彼女は私にとって生の象徴。

だから今は、その生きる糧を失って、私はどうにもこうにも、自分を保てなくなっている。
ペットロスってこんなにつらいものなんだ。
やっぱり私には耐えられないし、乗り越えられない。

もう犬はいいや。
こんなにも悲しい思いをしなきゃならないんだったら、私にとっての愛犬はモナちゃんだけでいいです。
本当に寂しい。
勘弁してくれよ、ほんとに。
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