2021年03月08日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,75
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,75
「ああ、なるとも。ダンスをやったら冬でも一杯汗をかいて、シャツがぐちゃぐちゃになるくらいだから、運動としては確かにいいね。おまけにシュレムスカヤ夫人は、あの通り練習が猛烈だからね」
「あの夫人は日本語が分かるのでしょうか?」
私がそう言って尋ねたのは、実はさっきからそれが気になっていたからでした。
「いや、日本語は殆どわかりません。大概日本語でやっていますよ」
「英語はどうも、・・・・・・スピーキングの方になると、僕は不得意だもんだから、・・・・・・」
「なあに、みんな御同様でさあ。シュレムスカヤ夫人だって、非常なブロークン・イングリッシュで、僕等よりひどいくらいですから、ちっとも心配はありませんよ。
それにダンスの稽古なんか、言葉は何にも要りゃしません。ワン、トゥウ、スリーで、後は身振りで分かるんですから・・・・・・」
「おや、ナオミさん、いつお見えになりまして?」
と、その時彼女に声をかけたのは、あの白鼈甲の簪(かんざし)を挿した、支那金魚の夫人でした。
「ああ、先生、ちょいと、杉崎先生よ」
ナオミはそう言って、私の手を執(と)って、その婦人のいるソオファの方へ引っ張って行きました。
「あの、先生、ご紹介いたします、河合譲治」
「ああ、そう、」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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