2021年03月01日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,67
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,67
稽古場に当てられたのは、三田の聖坂に在る吉村と言う西洋楽器店の二階で、夫人はそこへ毎週二回、月曜日と金曜日に出張する。
会員は午後の四時から七時までの間に、都合のいい時を定めて行って、一回に一時間ずつ教えて貰い、月謝は一人前二十圓、それを毎月前金で払うという規定でした。
私とナオミと二人で行けば月々四十圓もかかる訳で、いくら相手が西洋人でも馬鹿げているとは思いましたが、ナオミの言うにはダンスといえば日本の踊りも同じことで、どうせ贅沢なものだからそのくらい取るのは当たり前だ。
それにそんなに稽古しないでも、器用な人ならひと月ぐらい、不器用な者でも三月もやれば覚えられるから、高いと言っても知れたことだ。
「第一何だわ、そのシュレムスカヤっていう人を助けてやらないじゃ気の毒だわ。昔は伯爵の婦人だったのがそんなに落ちぶれてしまうなんて、ほんとに可哀そうじゃないの。
浜田さんに聞いたんだけれど、ダンスは非常に巧くって、ソシアル・ダンスばかりじゃなく、希望者があればステージダンスも教えるんだって。ダンスばかりは芸人のダンスは下品で、駄目だわ、ああいう人に教わるのが一番いいのよ」
と、まだ見たことも無いその夫人に、彼女はしきりと肩を持って、一端ダンス通らしいことを言うのでした。
そう言う訳で私とナオミとは、とにかく入会することになり、毎月曜日と金曜日に、ナオミは音楽の稽古をすませ、私は会社の方が退けると、すぐその足で午後六時までに聖坂の楽器店へ行くことにしました。
初めの日は午後五時に田町の駅でナオミが私を待ち合わせ、そこから連れ立って出かけましたが、その楽器店は坂の中途にある、間口の狭いささやかな店でした。
引用書籍
「痴人の愛」本文角川文庫刊
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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