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2021年02月27日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,65


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,65



「音楽なんか、やってるうちに自然と分るようになるわよ。・・・・・・ねえ、譲治さんもやらなきゃ駄目。

あたし一人でやったって踊りに行けやしないもの。よう、そうして時々二人でダンスに行こうじゃないの。毎日毎日内で遊んでいたって詰まりゃしないわ」



ナオミが此の頃、少し今までの生活に退屈を感じているらしいことは、うすうすわたしにも分っていました。

考えて見れば私たちが大森へ巣を構えてから、既に足かけ四年になります。



そしてその間私たちは、夏の休みを除く外はこの「お伽噺の家」の中に立て籠もってひろい世の中との交際を断ち、いつもいつもただ二人きりで顔を突き合わせていたのですから、いくらいろいろな「遊び」をやってみたところで、結局退屈を感じて来るのは無理もありません。



ましてナオミは非常に飽きっぽいたちで、どんな遊びでも初めは夢中になりますが、決して長続きはしないのでした。



そのくせ何かしていなければ、一時間でもじっとしては居られないので、トランプもいや、兵隊将棋もいや、活動俳優の真似事もいや、となると、仕方がなしに暫く捨てて顧みなかった花壇の花をいじくって、せっせと土を掘り返したり、種を蒔いたり、水をやったりしましたけれど、それも一時の気まぐれに過ぎませんでした。



「あーあ、詰まらないなア、何か面白いことは無いかなア」

と、ソォファの上に反り返って読みかけの小説本をおっぽり出して、彼女が大きく欠伸をするのを見るにつけても、この単調な二人の生活に一転化を与える方法はないものかと、私も内々それを気にしていたのでした。



で、あたかもそういう際でしたから、これはなるほど、ダンスを習うのも悪くなかろう。

もはやナオミも三年前のナオミではない。





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊




次回に続く。


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