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2021年02月25日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,62


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,62



「ずるいよ、ずるいよ、トランプにそんな手があるもんじゃない、・・・・・・」

「ふん、ないことが在るもんか、女と男と勝負事をすりゃ、いろんなおまじないをするもんだわ。



あたし余所(よそ)で見た事があるわ。子供の時分に、内で姉さんが男の人とお花をする時、傍で見ていたらいろんなおまじないをやってたわ。トランプだってお花とおんなじ事じゃないの。・・・・・・」



私は思います。アントニーがクレオパトラに征服されたのも、つまりはこう云う風にして、次第に抵抗力を奪われ、丸め込まれてしまったんだろうと。



愛する女に自信を持たせるのはいいが、その結果として今度はコチラが自信を失うようになる。

もうそうなっては容易に女の優越感に打ち勝つことは出来なくなります。









【 第八話 】



ちょうどナオミが十八の歳の秋、残暑の厳しい九月初旬の或る夕方の事でした。

私はその日、会社の方が暇だったので一時間ほど早く切り上げて、大森の家に帰ってくると、思いがけなく門を入った庭の所に、ついぞ見慣れない一人の少年が、ナオミと何か話しているのを見かけました。



少年の歳はやはりナオミと同じくらい、上だとしてもせいぜい十九を越えてはいまいと思えました。

白地絣(しろじがすり)の単衣(ひとえ)を着て、ヤンキー好みの、派手なリボンのついている麦わら帽子をかぶって、ステッキで自分の下駄の先を叩きながらしゃべっている、赤ら顔の、眉毛の濃い、目鼻立ちは悪くないが満面にニキビのある男。



ナオミはその男の足下にしゃがんで花壇の蔭にかくれているので、どんな様子をしているのだかはっきり見えませんでした。

百日草や、おいらん草や、カンナの花の咲いている間から、その横顔と髪の毛だけが僅(わず)かにチラチラするだけでした。





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊



次回に続く。






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