2021年02月22日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,59
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,59
と、そう言って、ナオミは私を騙せおおせた気になっている。私は自分を怠け者にして、騙された体(てい)を装ってやる。
私にとっては浅はかな彼女の嘘を暴くよりか、寧ろ彼女を得意がらせ、そうして彼女の喜ぶ顔を見てやった方が、自分もどんなにうれしいか知れない。
のみならず私は、そこに自分の良心を満足させる言い訳さえも持っていました。
というのは、たといナオミが悧巧な女でないとしても、悧巧だという自信を持たせるのは悪くないことだ。
日本の女の第一の短所は、確固たる自信のない点にある。だから彼らは西洋の女に比べていじけて見える。近代的の美人の資格は、顔立ちよりも才気煥発な表情と態度とにあるのだ。
良しや自信というほどでなく、単なる己惚れであってもいいから、「自分は賢い」「自分は美人だ」と思い込むことが、結局その女を美人にさせる。
私はそういう考え方でしたから、ナオミの悧巧がる癖を戒めなかったばかりでなく、かえって、大いに焚きつけてやりました。
常に快く彼女に騙され、彼女の自信をいよいよ強くするように仕向けてやりました。
一例をあげると、私とナオミとはその頃しばしば兵隊将棋やトランプをして遊びましたが、本気でやれば私の方が勝てる筈だのに、成るべく彼女を勝たせるようにしてやったので、次第に彼女は「勝負事では自分の方がずっと強者だ」と思い上がって、
「さあ、譲治さん、一つ捻ってあげるからいらッしゃいよ」
などと、すっかり私を見くびった態度で挑んできます。
「ふん、それじゃ一番復讐戦をしてやるかな。なあに、真面目でかかりゃ、お前なんかにまけはしないんだが、相手が子供だと思うもんだから、ついつい油断しちまって、」
「まあいいわよ、刈ってから立派な口をおききなさいよ」
「よし来た!今度こそほんとに勝ってやるから!」
そう言いながら、わたしはことさら下手な手を打って相変わらず負けてやります。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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