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2021年02月15日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,52


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,52

「さあ、ナオミちゃん、この風呂敷に身の周りの物は入れてあるから、これを持って今夜浅草へ帰っておくれ。
就いては、ここに二十圓ある。少ないけれど当座の小遣いに取ってお置き。

いずれ後からキッパリと話はつけるし、荷物は明日にでも送り届けてあげるから。
え?ナオミちゃん、どうしたんだよ、なぜ黙っているんだよ・・・・・・」

そう言われると、きかぬ気のようでもそこは流石に子供でした。
容易ならない私の剣幕にナオミはいささか怯んだ形で、今更後悔した様に殊勝らしく項を垂れ、小さくなってしまうのでした。

「お前も中々強情だけれど、僕にしたって言ったん行と言い出したら、決してそのままにゃ済まさないよ。悪いと思ったら謝まるがよし、それが嫌ならかえっておくれ。・・・・・・さ、どっちにするんだよ、早く極めたらいいじゃないか。謝まるのかい?それとも浅草へ帰るのかい?」

すると彼女は首を振って「いやいや」をします。
「じゃ、帰りたくないのかい?」

「うん」というように、今度は顎で頷いて見せます。
「じゃ、謝まると言うのかい?」

「うん」
と、また同じように頷きます。

「それなら堪忍して上げるから、ちゃんと手を衝いて謝まるがいい」

で、仕方がなしにナオミは机へ両手を衝いて、それでもまだどこか人を馬鹿にしたような風つきをしながら、不精ッたらしく、横っちょを向いてお辞儀をします。


引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊


次回に続く。






































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