2020年11月17日
新型コロナで注目のワクチン すぐに開発できた理由
米ファイザーとドイツのビオンテックが開発を進める新型コロナのワクチン=ロイター
新型コロナで注目のワクチン すぐに開発できた理由
教えて山本さん!BizTechの基礎講座
教えて山本さん! ネット・IT コラム(テクノロジー) 2020/11/17 2:00日本経済新聞 電子版
新型コロナウイルスの感染が広がり始めてから約10カ月がたとうとしています。感染対策の切り札として、ずっとワクチンが待たれてきました。
米製薬大手のファイザーと独バイオベンチャーのビオンテックが開発しているワクチンは、第3相臨床試験で約90%と想定以上の効果があったと報道されています。この報道を受けて、世界各国の平均株価が上昇しました。
しかし、今回の結果は中間結果なので、最終的な結果ではありません。11月の第3週にデータがそろうことになっているので、それを待って判断する必要があります。
「90%」という数字が独り歩きしているようにも見えます。これは正確には「ワクチンを打った人が90%の確率で感染を防げた」という意味ではありません。ワクチンを接種したグループとワクチンを接種しなかったグループに分けたところ、新型コロナ感染者はワクチンを接種したグループに9人、ワクチンを接種しなかったグループに85人いたという意味です。
臨床試験には6カ国の4万3538人が参加しています。ただ、この中の感染者の数は比較的少ないため、数字の有効性をさらに調べる必要があります。
ビオンテックは2008年創業で、米ナスダック市場に上場する時価総額約2兆円のバイオベンチャーです。遺伝子情報を伝達する「メッセンジャーRNA(mRNA)」という物質を利用するワクチンに強みを持っています。
この新型コロナのワクチンはたった10カ月で完成に近づいており、驚異的なスピードです。その開発には多くのテクノロジーが使われています。
■3つの技術がワクチン開発を後押し
1つ目はDNAシーケンサー(遺伝子解析装置)です。生命の設計図である遺伝子は、DNAを構成するアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基の配列で表現されます。DNAシーケンサーはこの配列を読み取ります。
新型コロナウイルスは、19年11月中旬に最初の患者が確認された後、20年1月にはDNA配列が判明しています。DNAシーケンサーのおかげで、このように短期間でDNA配列が分かるようになったのです。
IT分野では、クラウドサービスが登場したことで、ソフトウエアを手がけるスタートアップが起業しやすくなりました。ヘルスケア分野でも、DNAシーケンサーの進化により、DNA解析を利用するライフサイエンス関連のバイオベンチャーが起業しやすくなっています。
例えば、米グーグルの親会社である米アルファベットの傘下には米ベリリー・ライフサイエンシズというバイオベンチャーがあります。また、DNAシーケンサーを手がける日本のクオンタムバイオシステムズというバイオベンチャーは米国市場に挑戦しています。
2つ目はタンパク質の立体構造のシミュレーションです。新型コロナウイルスの表面にはスパイクと呼ばれる突起があります。この突起と似たものを作れれば、ワクチンや感染防止の研究に役立ちます。そこで必要になるのがシミュレーションです。
タンパク質は、21種類のアミノ酸がつながってできています。アミノ酸の配列はDNA配列から決まります。ただ、アミノ酸配列が分かっただけでは、立体的にどう折り畳まれるかはあまりよく分かりません。
タンパク質の実際の立体構造は、水素結合などの様々な要素が絡むいわば「パズル」を解くことで明らかになります。コンピューターを使ってこのパズルを解く様々な取り組みが以前から行われてきました。16年にはタンパク質の立体構造を解く問題がゲームとして公開され、プロのゲーマーが短期間で解いたことが話題になりました。人工知能(AI)によってこの分野がさらに進む可能性もあります。
3つ目はmRNAの利用です。ビオンテックのほかに米バイオベンチャーのモデルナや独バイオ医薬品企業のキュアバックもmRNAを利用した新型コロナのワクチンを開発しています。
mRNAは、DNAから配列を読み取り、細胞内でタンパク質が作られる際に使われます。これまでのワクチンには、不活性化されたウイルスやウイルスを構成するタンパク質などが使われていました。mRNAワクチンは、いったん細胞内に入ってmRNAからタンパク質が作られ、そのタンパク質が免疫を誘発します。
難点は、mRNAは壊れやすいという点です。細胞に届くまで何かに包んでおく必要があります。こうした仕組みを一般にドラッグ・デリバリー・システム(DDS)と呼びます。ビオンテックが開発したワクチンは、mRNAを脂質ナノ粒子(LNP)で包んでいます。また、このワクチンにはマイナス60度からマイナス80度の超低温で保存・輸送しなければならないという問題もあります。供給体制が課題になります。
■DNA編集技術にノーベル賞
こうした新しいテクノロジーが新型コロナのワクチン開発に大きく寄与しています。今年のノーベル化学賞は、DNA配列を自在に編集できる「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」という手法を確立した科学者に与えられました。普段の生活で意識する機会は少ないかもしれませんが、医療や生物学の進歩に大きく貢献しています。
ワクチンは社会的意義が大きく、収益とのバランスが難しいという側面もあります。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、社会貢献の意味でワクチン開発に真っ先に資金を提供しました。いわば世界規模のCSR(企業の社会的責任)事業といえるでしょう。
ワクチンは、多くの人に打つことではじめてウイルス感染の拡大を食い止められます。ただ普及には時間がかかりますし、いつまで効果があるかも考えなくてはなりません。
ワクチンが実用化されても、当初は生産量が限られている可能性もあります。医療従事者やリスクの高い高齢者などを優先しなければならないかもしれません。21年は新型コロナのワクチンが徐々に普及していくのを見守ることになるでしょう。
山本康正(やまもと・やすまさ)
DNXベンチャーズ インダストリー パートナー
東京大学修士号取得後、米ニューヨークの金融機関に就職。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得。卒業後グーグルに入社し、フィンテックや人工知能(AI)などで日本企業のデジタル活用を推進。ハーバード大学客員研究員。京都大学大学院特任准教授。著書に『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』(講談社現代新書)、『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』(東洋経済新報社)がある。
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