拝殿
祭神
祭神は次の2柱。
天津羽羽神 (あまつははがみ、天津羽々神)
天豊財重日足姫天皇 (あめとよたからいかしひたらしひめのすめらみこと) - 第37代斉明天皇の和風諡号。
中世における本地仏は阿弥陀仏であったと伝わる。
祭神について
古くは『土佐国風土記』逸文に、
土左の郡(こほり)。朝倉の郷(さと)あり。郷の中に社あり。神の名(みな)は天津羽々の神なり。天の石帆別(いはほわけ)の神、今の天の石門別(いはとわけ)の神の子なり。
− 『釈日本紀』所引『土佐国風土記』逸文
と見える社が朝倉神社を指すとされる。同文によると、祭神の天津羽羽神は天石門別神(天石帆別神)の子になる。この天津羽羽神は朝倉郷の開拓神であると伝えられており、元々はこの神のみを奉斎したと考えられている。もう1柱の斉明天皇は、斉明天皇の営んだ朝倉行宮を当地に比定する説(後述)による合祀とされる。
なお、『延喜式』神名帳では土佐国吾川郡に「天石門別安国玉主天神社」(論社2社)の記載が見え、天津羽羽神の父の天石門別神を祀る神社として朝倉神社との関連が指摘される。
本殿(国の重要文化財)
境内
本殿(国の重要文化財)
社殿のうち本殿は、江戸時代前期の明暦3年(1657年)、土佐藩第2代藩主の山内忠義による再建。明暦3年2月16日に着工し、同年8月に完工した。桁行三間・梁間二間で、屋根は柿葺。流造ではなく切妻造の屋根の前面に軒唐破風付きの向拝一間を付す、神社本殿としては珍しい形式になる。棟には置千木3個、勝男木5本を載せる。建物周囲では脇障子や壁板に絵画が施されているほか、随所に繧繝彩色、極彩色、漆塗、金鍍金が施され、全体的に華麗に彩られている。内部は内陣・外陣に分け、外陣にも彩色が施されている。本建物は、造営年(明暦3年)よりさかのぼる安土桃山時代の様式手法を示している。これは、土佐が地理的に中央から遠いため、中央文化の土佐への普及の遅れを表すとされる。この本殿は国の重要文化財に指定されている。
文化財
重要文化財(国指定)
本殿(附 棟札7枚)(建造物) - 昭和24年2月18日指定。
交通アクセス
鉄道
四国旅客鉄道(JR四国)土讃線 朝倉駅 - 西へ400メートル。
とさでん交通伊野線 朝倉神社前停留場 - 北東へ300メートル。
所在地 高知県高知市朝倉丙2100
位置 北緯33度33分12.35秒 東経133度28分54.16秒
主祭神 天津羽羽神
天豊財重日足姫天皇
神体 赤鬼山(神体山)
社格等 式内社(小)
(伝)土佐国二宮
旧県社
創建 不詳
本殿の様式 三間社切妻造
別名 木の丸様
例祭 11月10日