2024年11月23日
ワールド工芸がef52を製品化することができた具体的な理由。
引用先 https://drfc-ob.com/wp/archives/124480
ef52ですがnゲージはワールド工芸が初めて製品化しましたが、
なぜ?ef52をワールド工芸が製品化できたのでしょうか。
●ワールド工芸が最初に製品化したef52はボディーキットだった。
引用先 https://railwayinmemory.sakura.ne.jp/HP049_EF52(2)_HanwaLine.html
nゲージの分野では製品化の機会がなかったef52ですが
1990年にワールド工芸が製品化しましたが、
この時はカトーのef57の動力ユニットを使い車体を
乗せ換えるボディーキットとして製品化されましたが、
その当時販売されたボディーキットは今もヤフオクに出品されていますし、
高速運転機として登場したef54もこの後に製品化
していますが、ef54についてはワールド工芸でも
1度きりでありましたし、
ef54には大阪駅で入れ替え作業を担当していた
ef14のナンバープレートも含まれていたということで、
ef54のボディーキットが販売された時、複数買いした方も
いるのではないでしょうか。
それくらいにその当時はデッキ付きの急客機の分野の
製品が少なかったということをあらわしていますが、
今はマイクロエースではプラスチック、
ワールド工芸ではブラスキットでデッキ付きの
急客機が製品化されていますから、
ワールド工芸のef52は今考えてみたら本当に
画期的なことだったということになりますが、
その後のnゲージの分野で完成品の急客機が
充実してきたのですから、
そういう意味ではワールド工芸のef52は
デッキ付きの急客機が増えていくきっかけとなった製品
となります。
●ワールド工芸が製品化したef52は7号機をモデルとしていた。
引用先 https://www.pacific571.com/html/58_el01.html
ワールド工芸で製品化されたef52ですがモデルとなった
車両はというと、ef52で最後まで残ったef52 7号機
になりますが、
それであればワールド工芸でもef52を製品化するに
当たって兵庫県にある川崎重工兵庫工場にef52 7号機の
取材を依頼した上で、
細かな部分などを写真に撮影して、製品化に生かしたと
推測することができますが、
ワールド工芸がef52を製品化した時点で保存されている
ef52ですが、大阪にあった交通科学館に保存されていた
1号機と川崎重工兵庫工場の7号機だけですから、
それであれば比較的に人の出入りが少ないところに保存されていた
7号機が製品化に当たって取材されたと推測することが
できます。
●ワールド工芸のef52も人気にある製品だった。
引用先 https://ameblo.jp/ten-riu1962/entry-12437780747.html
ワールド工芸で製品化されたef52もこれまでいろいろと
改良されてきましたが、
2021年に再生産された製品は完全なブラスの組み立てキットで
出来上がった際には金属モデル特有の重量感がある車両に
完成されることができますから、
腕に自信がある方向けの製品ですし、2021年に販売された
組み立てキットもあっという間に売り切れてしまったのですから、
この手の分野で腕に自信のある方達が購入しましたが、
ef52のようなマイナーな車両はブラスキットの分野でこそ
製品化されやすい車両となるのではないでしょうか。
●ワールド工芸のef52はデッキ付きの急客機を増やしていくきっかけとなった。
引用先 https://drfc-ob.com/wp/archives/124480
ワールド工芸が製品化したef52ですが、これまでnゲージの分野では
ほとんど製品化されることがなかったデッキ付きの急客機を増やしていく
きっかけとなった製品ですし、
ブラスの組み立てキットは
今も根強く人気のある製品で再生産されるたびに売り切れと
なっています。
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