2020年07月04日
ものすごく単純化した「子供と大人の違い」
A「何が食べたい?」
子供「美味しいものが食べたい」
大人「いつものでいい」
↓蛇足なので読まなくていいです。
あくまでサブカルの範囲で考えてて、人類全体を考えたものじゃないけど、ものすごく単純化するとこんな感じになると思う。
詳細に書くと、まず子供は判断する基準を持たない、だから漠然と「良いもの」「口当たりのいいもの」を求める。
大人は自分の判断基準を持っている、そして保守的だ、そして新しいものを覚えるのは労力がかかりその割に得るものは少ないことを知っている、だからこそそれらに対する合理的判断から「いつものでいい」という反応を示す。
子供は結局口当たりがいい、美味いか不味いかだけで判断する、大人は既に文化や思想や道徳に基準(刷り込み)があり、その範囲内での判断になる。
文化人類学なんかだと一部の民族は我々の常識とは全く違う文化の中で生きており、特に一部は男女の役割が逆転している民族が存在する、そういった民族はやはり行動パターンや趣味趣向までもが結構逆転しているらしい、なので大人の考えというのは結構文化的な背景(刷り込み)が大きい。なので価値観から何から色々と我々と違う。
評論家受けするけど売れない作品は究極的に言えば刷り込みの文化で、評論家は既に存在する「評価基準」で評価するから、その基準の範囲外になると途端に判断できなくなる。
評論家それぞれに文化が有る、特に特定作品のオタクは基本的にそういったローカルなオタク文化の判断基準で判断する、だからその判断基準で評価するのが難しい作品は自然と評価が微妙になる。
子供には想定外のものが受けると言われているのは多分そのせい。子供は楽しければいいので、楽しめるものを消費する。所謂厨二病は子供と大人の中間で、相変わらず子供的な気持ちいいというものを求めながらに、文化的な刷り込みが始まっており部分的に価値判断が入るようになる。
所謂大人の厨二病は2種類あって、1つが厨ニ時代の文化的刷り込みをそのまま大人になっても持っているだけの人、厨二病という文化を楽しんでいる。
もう一つが単純に大人になれなかった層、中学生くらいの不完全な価値判断と完全に子供とは言えないが快不快の感情で生きている状態のままおとなになってしまった。
ちなみに前者のほうが保守的でも有る。後両方のハイブリッドも結構多い。
特に元子供文化系のオタク文化は長い間に洗練されて複雑化して、一緒に育った世代以外には手を出しにくくなっているという現象をよく見る、私がこのブログで毎回言っているのが格ゲーがそれ。
一緒に育ってきた格ゲーマーとそうでない層で認識の差が大きすぎる、初心者向け格ゲー議論でも専門用語ばっかりになるので素人目で見るとわかりにくい…と、文化なんてそんなものである。
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