2023年10月19日
私だけの特捜最前線→100「昭和60年夏・老刑事船村一平退職 ! 〜刑事生活30年のおやっさんが知ったこと」
※このコラムはネタバレがあります。
特捜最前線のドラマ解説の連載も今回がラストになりました。どの作品を最後に選ぼうかと考えましたが、この作品にしました。タイトルは「昭和60年夏・老刑事船村一平退職 !」です。
このドラマは、おやっさんこと船村刑事(大滝秀治)が退職を決断することが最大の見どころですが、船村刑事を描かせたら天下一品の脚本家・塙五郎さんらしい超激辛の幕引きドラマになっているのです。
おやっさんが初めて逮捕した男
学校の用務員、おでん屋のオヤジと、何者かによって相次いで殺され、現金を奪われる事件が起きました。二人は「城西暑の船村」と名乗る刑事と一緒だったことが分かり、船村刑事は自分との関連を疑います。
犯人の遺留品に東京都内の坂道を記したメモが見つかり、船村は犯人の行方を追って坂道をたどります。いくつもの坂道を歩き回り、ふとしたことからメモを書いた人物が分かったのです。
その人物は30年前に浮気相手の夫を殺したとして、船村が逮捕した男でした。船村が初めて手錠をかけた男であり、その後の男の人生は犯罪を繰り返し、刑務所暮らしが続いていたことも判明しました。
やがて、用務員殺しがあった学校の女性教諭(根岸季衣)が、男と不倫した女性の娘だと分かります。教諭は「男が実の父親だ」と話し、その男と自分の関係を知られたくなかったとして証拠隠滅を図ったと告白します。
さらに30年前の事件について、夫を殺したのは男ではなく自分の母だったと衝撃の事実を告げ、船村に対し「無実の人を捕まえて、それを手柄にしていた」と冷たく言い放ったのです。
自分の初手柄が誤認逮捕だったことを知った船村。それでも犯人を追わなければならない船村。男の身柄を確保した時、船村は「この男にしてやれることは、手錠を打つことだけです」と自分に言い聞かせたのでした。
ドクターストップがかかっていたおやっさん
ドラマのあらすじを書きましたが、おやっさん(船村)が辞めた理由は過去の誤認逮捕がきっかけではありません。持病の心臓の具合が悪く、ドクターストップがかかっていたためでした。
おやっさんは、初手柄を立てた坂道を見て「この坂を駆け上がれなくなった時が、自分が辞める時だと思っていた」と語ります。運命のいたずらか、男を逮捕したのも同じ坂道だったのです。
坂道に現れた男を特命課の刑事たちが追いかけます。おやっさんも必死で坂道を駆け上がりますが、途中で跪いてしまったのです。おそらくこの時、おやっさんは退職する決意を固めたのでしょう。
電話で退職届を出したことを娘の香子に報告するおやっさん。涙を流しながら「やめたくねえんだよ」と何度も何度も口にします。おやっさんの無念の思いが伝わってくるような辛いシーンです。
神代課長(二谷英明)とおやっさんが坂道を歩くラストシーン。神代は「坂は駆け上がることしか考えていなかった。でもこうしてゆっくり上がることもできるんだ」と語り掛けます。
おやっさんは無言で、その言葉をかみしめていたようでした。坂=人生に例えてみれば、おやっさんは第一線の刑事こそ辞めますが、次の人生はこれから始まるわけです。とてもいい言葉だと思いました。
30年の刑事生活でわかったこと
自分が初めて逮捕した男が、長い間刑務所暮らしを続けた挙句、凶悪犯として再び姿を現した時、おやっさんは「あの男にとって30年とは何だったのか」と、自身の刑事生活と重ね合わせながら思いめぐらせます。
「30年の刑事生活でわかったこと・・・人間っていうのは、ずるくて、汚くて、あさましくて、いやしくて、嘘つきで、恐ろしくて・・・そして、弱くて、悲しいものだってことだ」。
人間の「裏」の部分ばかりを見てきたおやっさんらしい言葉だと思います。そして、弱くて悲しい存在だからこそ、どんな人間でも救う手立てはないかと常に考えていたおやっさん像を思い浮かべずにはいられません。
おやっさんこと船村刑事主演の脚本を多く手掛けてきた塙五郎さんは、この作品を最後に特捜最前線の脚本から退いています。おやっさん退場回を超激辛のストーリーで締めくくって・・・ですね(笑)
おやっさんが最初と最後に手錠をかけた犯人役は、ベテラン俳優の内田稔さんが、女性教諭役は実力派の根岸季衣さんが演じ、おやっさんのラストストーリーに花を添えてくれました。
もう一人、本当なら香子役の木村理恵さんにも出演してほしかったところですが・・・逆に香子が出てこなかったことで、おやっさんの孤独な悩みと苦しみの演出を引き立たせたのかもしれませんね。
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