2023年10月05日
私だけの特捜最前線→98「人妻を愛した刑事!〜吉野刑事のほろ苦い恋の物語」
※このコラムはネタバレがあります。
特捜最前線は、放送8年半になったところで大きな転換期を迎えました。放送時間の変更とともに、長年のレギュラーだった大滝秀治さん(船村刑事)と誠直也さん(吉野刑事)が降板したのです。
吉野刑事は殉職という形で去ったわけですが、今回紹介する「人妻を愛した刑事!」は、殉職回前の吉野刑事最後の主演作とも言えるドラマで、個人的には最高傑作に挙げてもいいと思っています。
夫のアリバイを証明しようとした妻
人気カメラマンが自宅でモデルを殺したとされる事件を、独断で再捜査している吉野刑事(誠直也)。その理由は、「主人はアトリエに居た」というカメラマンの妻(新井春美)の証言を信じたからでした。
事件現場には当時、多くの芸能記者が詰めかけていました。その一部始終が映像に残されており、カメラマンの犯行は疑う余地がありません。それでも吉野はアリバイを立証しようと奔走していたのです。
妻は、夫のアトリエに出向いた際、入れ違いに出ていった女性がいたと証言しており、吉野は妻と一緒に女性の行方を捜します。モデルではないかと推理しますが、該当する女性は見つかりません。
ひょんなことから、女性がモデルではなく、仕出し弁当の出前持ちだったことが分かります。吉野と妻は女性の居場所を探し、ついにカメラマンのアリバイを証明できる第三者を見つけるのです。
一方、特命課も橘刑事(本郷功次郎)や桜井刑事(藤岡弘、)らがトリックを暴いていきます。そして、カメラマンの犯行に見せかけてモデル殺しができた人物を特定し、真犯人と断定しました。
真犯人は、アリバイを証言できる妻と女性を殺そうとしますが、吉野刑事が駆け付け、二人は難を逃れます。真犯人の逮捕によって、カメラマンの無実が確定したのです。
「好きだから信じる」吉野
ドラマでは、吉野刑事の揺れ動く恋心が丁寧に描かれています。冒頭から浮かれ気分の吉野の姿が紹介され、それが所轄署で解決済みとされた事件の関係者だったことから、特命課の面々は気をもむのです。
神代課長(二谷英明)から、なぜ捜査をするのかなど詰問されますが、吉野は「分かりません」を繰り返すばかり。そして「好きだからやる。好きだから信じる。それはいけないことですか」と主張します。
ここで平凡な上司だったら「勝手な行動は許さん」「捜査をやめろ」と頭ごなしに命令するでしょう。でも神代は「5日間だけやる」と吉野の一方的な言い分を聞き入れます。神代の懐の深さがうかがえるシーンです。
吉野は、妻のために懸命になって捜査を続行しますが、妻に恋心を抱く吉野にとっては、辛い捜査でもありました。カメラマンの無実を証明し無罪放免となれば、妻に二度と会うことができなくなるからです。
後輩の叶刑事(夏夕介)に向かって「俺は、あの人と別れるための捜査をしている。苦しいよ」と胸の内を明かし、その呪縛から解放されるには「あの人から嫌われるか、あの人を嫌いになるかしかない」と吐露します。
ただ、妻の方も吉野の一途さに対し、徐々に心が引き寄せられていきます。それは、常にモデルとのうわさが絶えなかった夫の行動や、アトリエから出てきた女性への猜疑心も重なった複雑な思いでもありました。
嫌う女を演じて去った妻
ところが特命課の捜査で、カメラマンのアトリエにある「誰にも立ち入らせない秘密の部屋」の存在が明らかになります。その部屋には、妻のパネル写真ばかりが飾られていたのです。
カメラマンの妻への愛情の深さを見た吉野は、叶に対し「あの夫婦には9年8カ月の歴史がある。どうしても勝てんのだよ」と打ち明けます。それは吉野の「敗北宣言」とも言える告白でした。
出会って間もないころ、妻から嫌いなタイプの女性を聞かれた吉野は「ガムをかむ女、人前で化粧を直す女、タバコを吸う女」と語ります。あたかも、妻とは正反対の女性像を示したかのようでもありました。
カメラマンの無実が証明され、事件が解決した後、吉野が待ち合わせ場所に行くと、妻はガムをかんで吐き捨て、吉野の前で口紅を引き、タバコをふかして見せたのです。
嫌いな女の姿を見せることで、自分を忘れてほしいという切ない女ごころ。踵を返して立ち去る妻の表情は固く、そこには事件が解決したり、夫が釈放されたりした喜びは感じられませんでした。
妻の帰るべきところは、夫と子供が待つ家庭だったのです。吉野もそれをわかっていたので黙って見送ります。ラストに「吉野さんの恋は終わった」という叶のナレーションがかぶさる名場面でした。
刑事ものと恋愛ものが両方楽しめるドラマ
このドラマの秀逸なところは、吉野刑事は「恋する妻を信じてアリバイを立証する」ためだけに動かし、事件の本筋である「真犯人探し」を他の刑事たちが担っていたという点にあります。
吉野と妻とのシーンは、冒頭はコメディチックに描かれながら、徐々に夫婦の愛情、吉野の葛藤、妻の心の揺れといったシリアスなタッチとなり、そしてラストの何とも言えない切ない別れで完結していきます。
「真犯人探し」では、橘刑事と桜井刑事が「カメラマンを殺人犯に仕立てあげるトリック」を解明し、それを船村刑事(大滝秀治)に説明したうえで、船村に真犯人は誰かを語らせるという展開にしています。
事件を追いかけるという刑事ドラマ本来の面白さを見せながら、同時に「吉野の恋」という最大のテーマをぼかさない・・・さすがはメインライターの長坂秀佳氏の脚本だけのことはあります。
さらに、吉野の心の内を語らせる相手に年代の近い叶刑事をもってきたのも秀逸です。叶も決して茶化したり、たしなめたりするのではなく、先輩の吉野を静かに見守り、おもんばかっています。
何といっても、妻役を演じた新井春美さんの演技あってのドラマであることは言うまでもありません。現在、新井さんは女優としてだけでなく、産業カウンセラーとしても活躍中とのことです。
ここからは余談&予告になります。
ブログ「私だけの特捜最前線」のドラマ解説は、100タイトルをもって一区切りさせていただきます。残り2作品は、おやっさんこと船村刑事主演作の紹介を予定しています。
DVD化されている特捜最前線は150作品ほどありますので、約50作品が未紹介という形になります。とくに転換期後の作品は、終幕3部作も含めて紹介することができません。
吉野刑事殉職編も紹介作品としてリストアップしましたが、殉職に特化したドラマという感じがしましたので、それに代わって今回、吉野の最高傑作である「人妻を愛した刑事!」を紹介させていただきました。
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★最新回までのコラムをまとめています
noteマガジン「私だけの特捜最前線」
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