2018年02月03日
障害者雇用で働くまで〜大学院生と退学後編〜
大学を卒業し、新たに大学院生として国立大学に入学しました。
これから大学院を退学するまで、非常に辛い日々を送ることになります。
まずは、今までとは違った環境での研究活動になるわけです。
私立大学と国立大学ではこんなに雰囲気が違うのかっていうくらい落差があり、
研究室に全く馴染めませんでした。
精神科に通院は続けていましたが、環境の変化に対応できずうつ状態となってしまいました。
その後、大学院は休学することにしました。
とても嫌な思い出なので、書いているのがしんどいのが本音です。
翌年、体調はそこそこ回復したので、とりあえず復学することにしました。
ただ、意欲低下ややる気低下が著しく、何をするにも億劫で、大学に顔を出しても
他の学生や教員とコミュケーションが上手くいきません。
復学とは名ばかりで、結局まともに登校することなく、翌年の3月で退学することになりました。
退学後、しばらく引きこもりをしていましたが、なんとなくまたバイトをしたくなり
地元の食品工場で働くことにしました。
食品工場というと大学時代に失敗を重ねた職場であるため、嫌な予感はしていましたが
とにかくお金を稼がなくてはならないと思い応募したんです。
さて、嫌な予感は的中することになります。
まず、流れ作業についていけない、説明が理解できない、目の前の情報が多すぎて
何をしていいのかさっぱり分からないという状態です。
大学時代と同じように精神的追い詰められ、ついにバックレを果たします。
正直、耐えられませんでした。
ここでも、自分はダメな人間なんだとか、メンタルが弱いからなんだと思い続けていました。
病院でもまだ発達障害との診断は下っていない状態で、医師からはうつ状態と言われました。
働くことは自分には無理だと悟り、完全なるニート生活に突入していきます。
これから大学院を退学するまで、非常に辛い日々を送ることになります。
まずは、今までとは違った環境での研究活動になるわけです。
私立大学と国立大学ではこんなに雰囲気が違うのかっていうくらい落差があり、
研究室に全く馴染めませんでした。
精神科に通院は続けていましたが、環境の変化に対応できずうつ状態となってしまいました。
その後、大学院は休学することにしました。
とても嫌な思い出なので、書いているのがしんどいのが本音です。
翌年、体調はそこそこ回復したので、とりあえず復学することにしました。
ただ、意欲低下ややる気低下が著しく、何をするにも億劫で、大学に顔を出しても
他の学生や教員とコミュケーションが上手くいきません。
復学とは名ばかりで、結局まともに登校することなく、翌年の3月で退学することになりました。
退学後、しばらく引きこもりをしていましたが、なんとなくまたバイトをしたくなり
地元の食品工場で働くことにしました。
食品工場というと大学時代に失敗を重ねた職場であるため、嫌な予感はしていましたが
とにかくお金を稼がなくてはならないと思い応募したんです。
さて、嫌な予感は的中することになります。
まず、流れ作業についていけない、説明が理解できない、目の前の情報が多すぎて
何をしていいのかさっぱり分からないという状態です。
大学時代と同じように精神的追い詰められ、ついにバックレを果たします。
正直、耐えられませんでした。
ここでも、自分はダメな人間なんだとか、メンタルが弱いからなんだと思い続けていました。
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