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2017年12月01日

闇の雄叫び 14 (耳鳴り)





施設で危篤を告げられ、家族によって住み慣れた自宅に連れ帰され”看取られる”準備に入った父だったが、そこからは誰も予想出来なかったほどの復活を遂げた。
復活を遂げるや否や、父は凄まじい程の大音量と勢いとで昼夜問わず叫び声を上げ続けることになり、数日もしないうちに我が家はその”騒音”によって窮地に追い込まれた。
施設で父の危篤を示唆した訪問の医師は、あたかも「こんな筈では・・・」と言いたげな表情を浮かべながら我が家を訪れ新たな処方を指示するも、その処方の甲斐もなく父の雄叫びは止まらない。
最終的にはかなり強い作用があるとされる向精神薬や睡眠薬を出されるが、それらをもってしても、まるで捕獲された野生動物が檻の中で吼え狂うが如く、父の雄叫びは一向に止むことはなかった。そういえば、以前もこういうことがあったなと、父がショートスティにいた当時の、その頃の主治医が戸惑っていたのを思い出す。

朝昼晩と、日に3度オムツ交換に訪れる介護ヘルパーに対しても怒号や罵声を浴びせ、拳を上げたり掴み掛かる始末であり、中には「ぎゃっ!」「痛い痛い痛い痛い痛い!」と悲鳴を上げるヘルパーも珍しくはなく、とにかく父の介護作業は凄惨を極めることになった。

本来「力仕事」を禁じられていた母ではあったが、その作業中だけは都度父を押さえ付けながらヘルパーをヘルパーするという本末転倒振りとなり、改めて父という存在の粗暴さと厄介ぶりに、家族も出入りの介護職員達も皆手を焼かされた。

管理人が休みの日は、母に代わり父を押さえ付けることになるのだが、それでも父は、どこにそんな馬鹿力を隠しているのかという程の勢いで巧みに手を抜き振り上げ、ヘルパーの腕や顔といった露出した肌に爪を立て、握り捻ろうとするのを繰り出して止まない。

相手が痛がる箇所を見極めているのか、とくに父はヘルパーの二の腕の下側あたりを狙い、渾身の力でそこに爪を立て握り潰そうとする。それはまるで悪魔の所業の如くの憎たらしさである。

眼鏡を摑まれ飛ばされた者、マスクを引きちぎられた者、あざを付けられた者など、介護ヘルパーが訪れる度に、母も管理人も、「申し訳ございません!大丈夫ですか!申し訳ございません!大丈夫ですか!」の繰り返しとなる。
何度も言うが、本当に悪魔の如く所業である。

しかしながら、足の動きについてだけは大分弱ってしまったようで、以前のように起き上がることはなくなり、些か不適切な言い方にはなるが、それだけが介護作業を行う上での唯一の救いとなっていた。

それにしても日々この有様である。
昼夜問わず雄叫び続け、家族に”眠る”という休息を与えず、オムツ交換の度に他人を巻き込み修羅場と化す。
一旦叫び出すと、深夜でも誰かが起きて宥め制するしか他になく、ようやく静かになったと思って床に戻ろうとすれば、またしても大音響での雄叫びが繰り返される。まったくもって、どこにそんなスタミナがあるのだろう。
やがて母がキレた。



「なんであの日死ななかったんだこのヤロー!!!!!!」

「どこまで人に迷惑掛ければ気が済むんだーーー!!!!!!」



嗚咽しながら母は叫び放った。
またしても父は、母を追い込んだ。
認知症という、どうしようもない疾病に起因することなのだと判ってはいるが、やはり相変わらず、妻不幸な、家族不幸な男のようである。

妻である母にしろ、息子である管理人にしろ、かつては父という大黒柱のおかげで暮らしを立ててきたのは十分わかっている。そこには感謝しかなく、管理人は父の加護の元に不自由なく育てられ、学校教育を受けさせてもらい、社会へ出ることが出来たのだ。どんなことがあろうと、本来父に対しては恩義しかない筈なのだ。

筈なのだが、その父を起因に窮地へと追い込まれた家族というものは、「わかってはいるが」やはり今を生き今日を暮らす以上、どうしようもないくらいの憤りや遣り切れなさに苛まれ、決して望んではいない筈の憎しみへと狂化させられる。



「クソジジイ!!! 早く死ねーーーーーっ!!!!!!」



母の嗚咽を聞きながら、結局は父が生きている限りこうなるのかと、やはりそこでも悟るしかなかった。この先、何度、次はどんな局面で、またこうして悟ることになるのだろうかと。
「父さん、いい加減、俺たち家族を解放してくれ」と、素直に願ったこの日となった。



管理人が耳鳴りに悩まされるようになったのは、この頃からだった。
それは幻聴とも言うべきことなのか定かではないが、父の叫び声による状態的な睡眠不足に加えること、父が叫んでいない時でも、管理人の耳の奥では父の叫び声が単調に繰り返されるようになってゆく。

さらには、深夜突如として発せられる父の叫び声に、当初の頃は「吃驚したなぁ・・・またかよ・・・」という程度に留まっていた筈だったそれは、吃驚して起こされると同時に、激しい胸の痛みを都度覚えるようになり、やがてそれは狭心症と診断されるに至ることになる。
それは管理人崩壊の前兆サインでもあった。


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posted by ココカラ at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護
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