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2019年01月29日

闇の雄叫び 22 (先のない安堵)

深夜ビクっと目が覚めると、階下の部屋から父の叫び声が聞こえる。
どうやら断続的に叫び続けているようだが、いつ頃から叫んでいたのだろう。
たった今しがたか、5分か10分前か、それともだいぶ前からか叫んでいたのか。
気づいた以上いつまでも放置しているわけにはいかない。ここは住宅地だ。皆眠りについた深夜である。
胸の痛みを覚えながらぼんやり床から這い出し、照明を絞った深夜の薄暗い階段をヨロヨロ降りて父の様子を見に行く。
介護ベッドで喚き叫んでいる父に話しかけ、注意をこちらに向かわせ興奮状態をなだめる。
気を反らせるためストローで麦茶を飲ませたりもする。
深夜、何度もこれを繰り返す。
その都度たいてい管理人は「ビクっ」と起こされることになるので、毎回胸の痛みを覚える。
ときには、キーンと冷たい感覚も誘発し、痛みに加えて息がしばらく苦しくなるときもある。
自分自身のそんな状態もなだめながら、深夜に喚き散らす父もなだめすかせる。
とうぜん纏まった睡眠が取れずにいるので、不穏で朦朧とした日常だけが横たわる。
だが、夜が明けてからのことを心配することは無い。
会社を辞めて、しばらく経っていた。



会社を辞めた時点で、管理人の既往はさらに増えていた。
いつしか常駐化しだした側頭の激痛からは脳梗塞の兆候を示唆され、かと思うと、激しい胃痛胸焼けと吐血下血が続いて検査を受けると初期胃ガンの兆候を見つけられ急遽投薬治療を受けることになり、長引く風邪かと思われた息苦しさは、やがて呼吸すら儘ならない状態へと陥り気管支喘息と診断され吸入器を持たされる始末。
この短期間で見事なまでの既往の種々数々は、いったいどうしたことか。ヘロヘロを通り越したポンコツが、またさらにポンコツになっているではないか。既往の数もそうだが病院巡りと治療代と薬代だけでさらにさらに目が回る。

当初、介護と仕事両面に奔走していたら、疲れからの人生2度目の水疱瘡になっていたことに驚き呆れ、そしてメニエール症にグラグラ襲われだしたかと思うと今度は心臓発作。やがては脳梗塞やら胃ガンの兆候まで露見し、そしてまさかの気管支喘息。仕舞には「虚弱」と診断され、俺はポンコツではなく、もう”廃車”なんだと知る。
介護、仕事、体調悪化、病院巡り、薬漬けという、疲労、過労、心労、ストレス、散財の、果て無き螺旋。

「・・・もう、どうにもならんのか?」
「辞める以外に・・・方法は無いのか?」

辞表を提出した当初、上役や同僚達は皆そう言った。だが、そんな彼らも分かっていた通り、もはやどうしようもない顛末となっていた。さらには本社から社長や役員達までも出向いてくれ、おそらくは”引止め”の面談らしき場まで持ってくれたのだが、どうしようもないものはどうしようもなく、万策尽きての結論なのだった。

「スイマセン・・・ もう、わたくし、来るところまで来てしまったようでして・・・」

社の規範で言うところの、ありとあらゆる福利厚生は隅々まで使い切っていた。
だがなにより管理人自身、もう勤務自体が苦痛となってしまっていた。
これ以上会社にぶら下がる訳にもいかず、これ以上身体を壊すのも沢山だった。

「皆様には迷惑ばかり掛けて、本当に申し訳ない・・・」

退職の挨拶とは、おおよそ「お世話になりました」が一般的であるだろう。
だがこの卑屈な挨拶をした帰り道、これでようやく気兼ねなく横になれるなぁと安堵したのが正直なところとなった。
そう、ただただ”休眠”ということをしてみたかったのである。
こうして管理人の会社勤めは終焉を迎え、それまでの一切合切のキャリアは水泡と帰した。
実に呆気ないものである。



深夜、幾度となく騒ぎ出す父の相手をしながら、やがて明けてくる窓の白味に気づいても、もう、一日の始まりに怯えることは無いのだと安堵する。
日中は介護ヘルパーに任せ、夜から朝までは、騒ぎ出したら俺が起きて相手になってやれば良いのだ。もう出勤することも無くなったので、夜中に何度起こされようが、夜通し起きることになろうが、翌日に向けての寝不足や体調を気にすることも無い。もう誰にも「スミマセン、今日休ませていただきます」を言わなくても良い。常に具合が悪いのだから好きなときに横になっていれば良い。調子が良くなったら起きりゃ良い。またフラフラクラクラと具合が悪くなったら横になれば良い。そしてまた父が騒ぎ出したら起きて相手をしてやれば良い。明日のことは考えず、夜通し見てあげてやれば良い。
親の介護と自身の数々の疾病で社会から完全ドロップアウトした筈だというのに、なにやらホッと晴れ晴れしている自分が妙に愉快に思えていた。一番大事な収入を失ったというのに、なんたることかの滑稽さである。

それにしても人間の身体とは、いや、俺の体力やら気力とやらは、こんなにも脆いものだったんだなぁと落胆する。それとも逆に俺という人間は、ここ数年間、案外人並み以上にタフに立ち回ってきたほうだったのかなぁと、どこか縋るような思いで、これまでのヘロヘロでフラフラでボロボロの経緯を振り返りもする。
そして、よくぞ今もこうして生きてるよなぁと、収まりかけた胸の痛みを覚えながら考えもする。
あのまま勤務を続けていたら、ひょっとして今日は生きてなかったのかもなぁと想像したりもする。
やはり人間は生きる以上、睡眠を取らなきゃ完全にイカレてしまうものなのだなぁと、当たり前のことを改めて知らされる思いとなる。

気がつけば父の叫び声も収まり、小さな寝息をたて始めている。
どれ、俺もベッドに戻ろうかと、父の口の周りのよだれを拭き、布団を掛け直す。
時計を見ると明け方を過ぎており、そろそろ世の中が動き始める頃だと知る。
だがもう俺には関係ないことだと、先行きの知れた安堵に横たわらんと自室に戻る。
行き詰まりの隠れ家に、身を潜めるているかのような思いが、そこでは動き出す。
確かなことは、それまでの半日近い日常から”労働”という動作が忽然と消えたことにより、急激に身体が楽になっていったのは言うまでも無い。
復帰の見込みも無いまま社会から転落し、収入を断たれ経済破綻へのカウントダウンが開始された筈なのに、生命とは素直で愚直なものである。



posted by ココカラ at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護
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