アフィリエイト広告を利用しています
ファン
最新記事
<< 2019年02月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28    

広告

posted by fanblog

2019年02月05日

闇の雄叫び 23 (漂泊)

自室で横になっていても、なにやら急に寝床がガクンと傾いたように平衡感覚を奪われる。
ベッドの真ん中で寝ている筈なのに、端からごろりと転げ落ちそうな感覚に陥り焦る。
不意に訪れるメニエール症からの回転型眩暈によるものだ。
もっとも、仕事を辞めたあたりのひと頃から比べると、だいぶその頻度や強さも緩和されつつあったが、スーパーでの買い物中なんかに突然グラっと襲われても危ないので、少量の買い物の時でさえしっかりカートを押し歩くのが身についた。
まるで歩行器の代わりといえようか。
一度、手持ちカゴで買い物している最中に、突然グラリと感覚が回り出したことがあった。
その日はすぐ傍にあった鮮魚用の腰高の冷蔵棚に咄嗟に腰を寄り掛け身を支えられたので、あたかも品物を覗き込むようなフリをしながら眩暈が収まるまで耐えることができ、しゃがみ込みや転倒は免れた。
きっとそれ以来だろう、尚のことスーパーでは必ずカートを押し歩く癖がついてしまったようで、随分とまあヨロヨロのポンコツになってしまったものだと我ながら情けなくもなる。
なので、公共交通機関の乏しい地方の田舎在住とはいえ、車の運転もしばらく控えていた時期もあり、かなり高くついたがタクシーで通勤や通院、そして買い物することもしばしあった。
身体を壊すと色々と不便だし出費も嵩むし職も失う。

仕事を辞めて以来、発作らしい発作は起こさなくなった管理人の心臓だが、深夜眠っている最中に父が突然叫び出すと、やはり毎度のことだが吃驚して目覚めることになり、ドキンと飛び跳ねた左胸の冷たく尖った痛みでしばらくのあいだ冷や汗を垂らすのが常となっていた。こればかりはなかなか改善しないし、やはり慣れない。どうにもこうにもセンシティブな反応を示す心臓になってしまったものである。

そんな日々に横たわりながら、果たしてこれらの症状は、いつかは治る日が訪れるのだろうかと考える。
この数年の過労からか矢継ぎ早に生み出すことになったであろう疾病やら症状達の数々を、いつの日か綺麗さっぱり消し去ることは出来るのだろうかと自問する。
しかしながら身体というものは、壊すのは簡単だが戻すのはそう簡単ではなく、むしろ必ずしも元通りには戻らないものだということも、長年生身の人間をやってきているので身をもって知ってもいる。

月日、年月を掛け辟易しきった身体が、ちょっとやそっと休んだからといって即座に快方する筈も無く、反しては、喰らうのは一瞬の怪我も、長きの治療を要したり一生の障害が残ることだってある。それは身体に限らず心にしたってそうだ。
いずれ壊れた身体や精神というものは、そう易々と回復するものではないし、治らない場合だって多々あるものだ。



(まさか、ここまでなるとはなぁ・・・)

(あっという間に、病気の問屋になっちまったなぁ・・・)



日々の労働から遠のき、にわかに身体が楽になったせいで体力が戻ったようにも錯覚するが、やはり不意に眩暈に襲われもし、深夜父の叫び声を切欠に心臓がキーンキーンと痛み出す。
会社を辞めた頃より処方の数は減ってはきたが、どうやらまだまだ管理人は”立派な病人”のようである。自分自身には決して使いたくはない表現ではあるのだが。



(この療養生活は、いつまで続くのだろうか・・・)

(いや、いつまで続けられるのだろうか・・・)



いつまで続くのかは病状次第で予想もつかないが、いつまで続けられるかは十分に承知していた。
会社を辞めるにあたり、一旦処分した有価証券資産や、目減りの一途を辿っていた預貯金を合わせても、そう長くは横たわってもいられないのが明白だった。



(この先、社会復帰って、出来るのだろうか・・・)



日々そのことを思案するも、だからといって、仮に管理人が健康を取り戻したところで、再び外に働きに出るような選択だけは避けた方が賢明なのだろうと頷きもする。
分かり切ったことだが、もし父がその時も今の状態と変わっていなければ、結局は会社を辞める前と同じことの繰り返しにしかならいからだ。
父の先のことなど分かる筈もなく、分からない以上、この先も父の状態は今と大して変わらないか、今よりもっと酷くなっている状況を想定するのが妥当であり、そこに希望的観測や楽観を入れる余地は微塵も無いのだ。

また、父のこととは別に、仮に健康を取り戻せた管理人がいたとしても、その先の社会に果たして受け皿が存在するのであろうかということも、重々懸念されるところとなっていた。
そう、管理人はもうイイ歳なのだ。白髪混じりのオジサンなのだ。



(この先、もう就職はしない。 したら負けだ・・・ ただの繰り返しだ・・・)



会社を辞めるにあたって、ぼんやりとそんな思いを携えていたのが偽らぬところだった。
もちろん長年暮らしてきた既存社会は有難いものだったが、不思議と未練は無くなっていた。
そのことは、仮に戻れたところで今のままじゃ本末転倒だと悟っての線引きからでもあり、また、必ずしも就職することだけが生きる手段でもなかろうと、このほど管理人を無職に追いやった介護生活から、日々問われることにもなっていたからだ。



(これからは、都合よく生きられるようにならなければならない)



なんと不埒で品の無い言葉であろうか。
無職になった途端、この体たらくである。
かつて会社員だった管理人が、まさか将来こんな誓いを立てようとは想像すらしたこともない。
しかしながら、人は変わらなければならない局面で舵を変えなければそこで終いだ。
それでも舵を変えなければ、そのまま目前の滝に呑まれ淘汰されるのを受け入れるしかない。
もっとも、それを美徳とするのも個々の自由ではあるが。



(現状、ヘロヘロ介護ニートの俺だが、何処かに生きる手段はある筈だ)



一見、だらりと楽してサボっているような自宅療養の日常も、やはり時折眩暈を覚えれば、夜毎心臓の痛みに怯えることにもなり、いったいいつまでこんな状態が続くのだろうかと憂いる日々となる。
だが、すぐにも治りたいのは山々なのだが、きっとすぐには治らないのだということも、日々身をもって教えられることにもなるので、やはりじっと向き合うしかないのが現実だとも知る。

それでも儘ならない己に苛立ちを覚えれば、では何のためにお前は会社を辞めたのか、こうして家で横たわっているのかを自身に問い直し、とりもなおさずそれは、当たり前にしていた仕事すら満足に出来なくなったからであり、病気を快方させたかったからに他ならないのだと自答する。まさに悶々苦悶の日々である。

そんなさなかでも頭だけは多少なりとも働くようなので、あれやこれやと、この先の”歩き方”を模索してもみる。
そう、時間だけはあるのだからして。
もっと厳密に述べれば、財源は限られているものの、それでもそれが尽きるまでの時間は残されていると言えるだろう。案外、限られている筈の財源も、使いようによっては延命するか、ひょっとして化けることもあるかもしれない。



(必ずしも世の中と足並みを揃えなくても、暮らせる手段を考えなければ・・・)

(作らなければ・・・)



本を読み、ネットを調べ、また本を読み、ネットを調べ、動けるときはセミナーを聞いてみたりもする。
長年ただただ垂れ流してきたかに思える父の介護療養費用も、今後どうにかして減らすか抑える手段はないものかと、国や地元自治体の制度を調べては、何度も役所に出向いてあれこれ相談してみたりもする。
これまでケアマネージャーに一任していたことでも、ひょっとして都道府県や市町村別に存在するかもしれない老人介護や医療に関わる諸々の施策や助成や補助の有無可能性などなどを、自ら調べ動いて仔細に掘り下げてみたりもする。こちらが知らないままでは、制度はただそこで鳴りを潜めているだけなのだ。

無職、無収入、病気療養中という憂いる惨状とは引き換えに、どうやらインプットの時間に辿り着いた感もある。
ぐるっと舵を回したら、どうやら漂泊し出したようである。滝に呑まれるのは御免だが、依然不穏な体調を覚えながらも、まずは自室で、そして小さく自室から漕ぎ出すことにした。
ずっと停泊しているよりはマシであろうか。





posted by ココカラ at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護
この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/8511967
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
プロフィール
ココカラさんの画像
ココカラ
プロフィール
記事カテゴリー
介護(23)
日常(1)
にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村 介護ブログ 親の同居介護へ
にほんブログ村
検索
タグクラウド
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。