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2017年11月20日

闇の雄叫び 11 (かりそめの月日が終わるとき)


父危篤 ――――

勤務中に知らせを受けたので、早退して一旦自宅に寄り、そういう連絡が入ったと母へ伝える。
外出着を準備するのに母が寝室のドアを開け放つと、そこでは施設をたらい回しにされる直前まで父が寝起きしていたベッドがあり、長年使っていた布団や枕が整然と延べられたままである。
あの日まで、認知症在宅介護の修羅場と化していた筈のベッドだが、いまやそれは用途も温度も必要としないただの物体でしかなく、もうここに父は戻らないのだなと、なにやら虚無感に囚われてゆく。


(本当に、これで良かったのだろうか・・・)


日々あれほど翻弄され、辟易とさせられながらも、息子である自分が追い遣った先で消え入ろうとしている父を哀れに思ったのは、やはり親子だからなのであろう。

それにしても急転といえば急転だった。
施設内でインフルエンザが流行し、父を含めた数人の入所者が羅患してしまったとの詫びと連絡が来て以来、外部の人間の出入りは制限されることになった。
その後、事態の収束と同時に面会制限も解かれることになったが、父1人の容態だけは芳しくなく、インフルエンザ自体の症状が治まっても衰弱しきったまま予断を許さない状態へと陥った。

面会に行ってみると、あれほど大騒ぎしていた父が急に静かになったことで施設はしーんと静まり返っており、きっと元々こういう施設だったのだろうと気付かされることにもなった。
若い女性介護士の1人が、「なんだか急に寂しくなっちゃって・・・」「拍子抜けしちゃったというか・・・」などと、まじまじと呟くのを聞かされ苦笑いもさせられる。

以来、また以前のように毎日足を運ぶことになったのだが、既に父は食事すら摂ろうともせず、日々栄養と補水と薬の点滴だけを打たれ、ただベッドに横たわったまま朦朧とし、誰が話しかけようが何ら反応を示さなかった。
医師からは、インフルエンザでの消耗に加え、高齢ということもあり、このまま衰弱が続けば万一の事もありえると言われたが、ああ、そうなってしまうのかと納得する以外、他になかった。

ただ、なにやら妙な気分でもあった。
狐につままれると言うが、そんな感覚だったであろう。
あれほど誰彼構わず煩わせていた人物が、あれほど暴力的に捲くし立て、日々騒いでいた人間が、たった一時の流感で、このまま逝くことにもなるのかと。
はぁ?なんだこの様(ザマ)は。と・・・
そんな掴み様のない中途半端な憤りを覚えた数日後、父の危篤は知らされたのだ。


母を連れ施設に着くと、父は居室のベッドに仰向けに寝かされ、傍では看護士が点滴の交換作業を行っていた。
「お父さん?」と、母が何度か呼び掛けたが父の表情は動かなかった。
少しすると医師と施設の責任者がやってきた。
医師によると、ここ数日が目安でしょうとのことだった。手は尽くしているが既に衰弱が著しく、あとはただ見守るだけしかなく、もし知らせたい方がいたら早めに願いますと、そこでも言われることになった。
そうですか、わかりましたと、やはり頷くしか他はない。

おそらく父は生きてきた。
十分生きてきたのかどうかは本人ではないので知りようもないが、父はこれまで生きてきたのだ。もし、あえて、平均寿命とかいう、あくまで数字的な観点を持ち出してみても、ほぼそれを全うするくらい父は生きてきた筈である。
やはり、ああそうですか、と納得するより他はない。
とくに異存も異論もなく、その時が近づいたということなのだ、

妻と息子、施設の責任者、医師、看護士と、父に関わるそれぞれの立場の者達に囲まれて、その渦中の人物は開いているかどうかすら分からない薄目を覗かせながら、しゅーしゅー、しゅーしゅーと、半開きの口元から小さな呼吸音を立てている。
ついこの前までギラリギラリと邪険な眼光を放ち、まるで仁王の顔がごとく常に周囲を睨み付け怒鳴り散らしていた人物が、いまはこうして力なく横たわり、ただ憔悴衰弱の一途を辿っているだけである。
それは随分と、あっけないというか、あっさりした光景なのだった。
そんな静物的な父の様子を見定めながら、ここへ向かう途中に母と話してきたことを言うことにした。


「父を、動かしても・・・ 連れて帰っても、問題ないでしょうか?」


管理人の問い掛けに、施設の責任者と医師は一瞬顔を見合わせ、どういうことですかと、聞き返した。


「その・・ もしこのままここで亡くなっても、葬儀やら何やらで、一度は家に連れて帰ることになります。でももし、この状態でも動かして構わないのであれば、いっそのこと、このまま家に連れて帰り、家から旅立たせてあげようかなと、そう思いまして・・・」


施設の責任者は戸惑いながらも神妙といった表情を見せると医師を向き、「先生・・」と、意見を求めた。
医師は頭を小刻みに頷かせ始めると、父の様子を窺いながら押し黙る。


正直なところ、危篤と告げられた父をそのまま施設に残すのは気が引けた。
そしてその間、家族としてはどう過ごしたら良いのだろうかと戸惑うことにもなった。
加えては、医師には”ここ数日が目安”と告げられることにはなったが、それも不確かなことである。それはここ数日に必ず起きることなのか、それとも必ずしもそうではないのかと、誰しも正確な予想など出来ないことで、予想する自体なにやら憚られるような気もする。
しかもその間家族が父を施設に置いたまま、いまかいまかと待ち暮らすというのも落ち着かない話で、どうにもそれは妙でおかしなことにしか思えない。
果たしてこういう場合、家族としてはどうしたら良いものなのか。

病み上がりの母はようやく普段の生活を取り戻したばかりで、その日が訪れるまで施設に詰めることなど到底出来る筈もなく、だからと言って管理人が傍で見守り続けるにも限界があった。
やはりそれは明日起きることなのか、数日後のことなのか、それとも医師の見立てを越えて、ずっと先のことなのか、まったくもって定かではないのだ。

ならば、もし可能なら、せめて父が生きている内にでも住み慣れた家に連れ帰り、逝くなら逝くで、そこから旅立たせてあげようと、母とそういう話になったのだ。

「もう、こうなったら家に連れて帰ろうか」 と、そう結論づけたのだ。

父を動かしても大丈夫かという家族の問いに、医師は「そういうことであれば」と頷いた。
既に今となっては持ち直し様のない状態でもあるので、担架で寝たままの姿勢で運びさえすれば問題は無いだろうとの見解も示してくれた。
施設の責任者は些か戸惑いの色を浮かべていたが、「最初から最後まで、ずっとドタバタで申し訳ありませんでした」と言って詫びをし、その日のうちに退所する旨を伝えた。
さすがにその日という申し出についてはハッキリと驚かれてしまったが、いま生きている父を帰宅させる為にも、”後日改めて”という訳にはいかなかった。



ストレッチャー付きの大型の搬送車両を手配し、父が自宅に戻ったのは夕方だった。
それと同時に父を施設で診ていた訪問医療チームも到着し、点滴や諸々の薬品、器材、流動食品の類などを運び込み、簡易な病室というか医療体制らしき環境を整えた。

彼ら訪問医療チームについては、父の施設入所と同時に、そこで利用するための連携訪問医療として契約したのが始まりだったが、施設退所後も在宅訪問医療として継続利用が可能だったので、特に煩雑な手続きも必要とせずにそのまま来て貰えたのは大いに助かることだった。

これを急転直下と言うのかどうかは知らないが、そんな経緯で、その日、にわかに我が家は騒然となった。
医師を始め、その助手や専属の看護士、ソーシャルワーカー、また、日々の看護を専門に行う看護士のチームなども訪れ、それぞれに打ち合わせや申し送りが行われ、入れ替わり立ち代り多数の人間が出入りした。
それは父危篤の知らせを受けてから、わずか半日にも満たない間の出来事となり、皆が帰った頃には母も管理人も大きな溜息を漏らすことになった。
いよいよもって、自宅での看取りの準備が整ったのだ。


「お父さん・・・ ここアンタの家だよ、帰ってこれたんだよ・・・」


チューブに繋がれた父に母は呼び掛ける。
相変わらず父に反応は無く、施設に居たときから薄っすら開いたままの瞼も同じだった。
前年の秋、息子によって最初の施設へと送られ、その後施設を転々とさせられながらもこうして帰宅となったのは、明けて春のことだった。
おそらく主が戻らない筈だったベッドは、また再びその主を横たえさせることになり、ひいてはそれは、我が家にとっての、かりそめの安息が潰えた日ともなった。


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posted by ココカラ at 16:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護
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