2017年11月20日
へいき?東京タワーの材料はあの車!
東京タワー!
高さ333メートル。
正式名称は「日本電波塔」。
1957年に着工、1958年に開業。
ちなみに1958年の出来事といえば、
・平成天皇(当時皇太子)ご婚約発表
・新一万円札(聖徳太子)発行
・チキンラーメン発売開始
・長嶋茂雄、新人王獲得
などが‥‥。
ずいぶん年代にこだわるって?
そうです、年代が重要なのです。
このころ、お隣の朝鮮半島では
ひとつ出来事が収束しつつありました。
朝鮮戦争です。
戦争自体は1950年〜1953年。
東京タワーの開業した1958年時点では、
組織的な戦闘は行われていません。
ただし中国軍は停戦後も半島内に駐留していました。
その撤収が完了したのが、1958年10月26日です。
さて。
米軍「どうやら、もう大きな戦闘はなさそうだぞ」
米軍「中国軍も、ひき上げ始めたしな」
米軍「するとあれ、邪魔になるな」
米軍「あんなデカイやつな」
米軍「持ち帰って普段乗りも出来ないし」
米軍「戦争がなけりゃ、ただの鉄くずの塊だな!」
はい、これです。
M26パーシング、つまり戦車です。
M26パーシングは対ナチスドイツ重戦車に対抗すべく、
第二次大戦末期から活躍してきた戦車です。
タイプチェンジを繰り返し、朝鮮戦争でも活躍。
中国軍のT-34-85型戦車を圧倒した実績もあります。
しかし戦争が終われば鉄くずの塊。
そこに、日本がとびついたわけです。
日本「質の良い鋼材が足りない‥」
米国「あの、いっぱいあまってるけど」
日本「えっ!あまってる?鉄が?」
米国「そう。鉄の塊、処分に困ってる」
日本「丈夫な鉄でしょうね!」
米国「もちろん。もともと戦車だから」
日本「ど、どれくらいあまってますか」
米国「130万キログラム」
日本「ウヒョー!!」
鉄くずの処分に困っていたアメリカと、
鉄不足に悩んでいた日本は同時に問題を解決。
日本は鋼材の原料として戦車90台を購入。
戦車の中には
「燃料や弾薬も装填されたまま」
の物もあったとか。(あ、あぶない‥‥!)
戦車を溶かした鉄骨が用いられているのは、
東京タワーの上1/3の高さあたり。
‥‥ということで、兵器の平和利用のお話でした。
語呂合わせは、
・1958年
・戦車
・東京タワー
でいきましょう。
「征(い)く子は、戦車で東京タワー」
「あれ?お前、戦争に行くんじゃなかったのかい?」
「母さん、戦争は終わっんだ。
戦車は、そのことを知らせる電波塔になったんだよ」
価格:1,080円 |
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