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ひまわり太郎
適応障害を克服し、今も助けになっている考え方を載せています(^ー^) アダルトチルドレン回復の為に、生きています。 ホッとしたい方や人間関係に悩んでおられる方(^ー^)気が楽になるかもです。 【回復の為の経験したものーご参考まで(^0_0^)】 集中内観、カウンセリング
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2012年03月18日
☆腹が決まっていないときは人を巻き込まない
特に、私事のとき。

かなり注意する。

2012年03月18日
傷つきたくない、弱い自分も受け入れる
傷つけてしまうのではないか?

嫌な思いをさせてしまうのではないか?

馬鹿にされているのではないか?

非常識なのかな?

失礼だったかな?

自分って最低かな?

等々、色々考える時は考えますよね(´▽`)

良く言えば、人の気持ちをよく考える。
他の言い方だと、自意識過剰と言うのかもしれません。

言葉で括らないで、これらをよく考えると「自分が傷つきたくない」という思いや、「良く思われたい」という思いが根本にあるのではないでしょうか?

しかし、それらを悪いとは思いません。

そういった、自分のエゴ的な部分に気がついたら、もう自分を守る為の言葉を頭の中に並べて考えるのを止めて

「自分のそういった弱い所も自覚して、受け入れる」

というのはどうでしょう(´▽`)

自分を責めるのでは決してありません。

自分のそういった所を只認めるんです。

その上で、「大丈夫だよ(´▽`)」等、自分を励ましてあげます。

もし、そんな自分で相手が傷ついたと言われたら、素直に「ごめん」で済むのではないでしょうか。

それよりも、自分を守る言葉で頭を一杯にして、「相手も悪い」等で解決してしまっては、これからも同じ悩みを繰り返すのではないでしょうか?相手を論破して勝ち誇るよりも、自分の弱さを知ることの方が、よほど成長出来るのではないかなと思います。


もし、生活していく中で、相手を傷つけたり、指摘されたら

「俺(私)、そういう所あるからな〜エヘヘ」

位でいいんではないでしょうか?(´▽`)

傷つけたり、嫌な思いをさせたのだったら素直に「ごめんね」

といえばいいのではないでしょうか。自覚しているのならば、これから気をつければいいのではないかと思います。

それ以上は、相手の問題だと思います。

私もこういった性格の部分があるので、辛さは分かります。

辛いときはかなりきついですよね。昔から人生の節目など、かなり神経質になった方です。

以前から人の気持ちを考えたりするのが当たり前になっていたので、神経質的性格なのだと自分で自覚するのに時間が掛かりました('∀`;)

でも、悪い事ではないと思います。(´▽`)

生かし様ですね(´▽`) そういった自分と一生付き合っていくんだと覚悟が出来たとき、自然と楽になってきました。

不安定な時期もあるでしょう。

気張りすぎず、頭を使いすぎず、自分に優しく生きていきたいものです(´▽`)

2012年03月18日
自分が120%正しいと思っても、相手に選択肢を持たせる 悲しい顔はしない
押しつけは、自分がされるとかなり嫌だなと感じます。

相手が勝手にやってくれて、尚克つ、選択肢が全くない状態になると断りづらい上に、断って悲しい顔をされるとかなり辛いですよね。

いかに、相手の為だろうが、いかに自分が正しかろうが、するのが相手ならば、幾ら家族でも、押し付けるのはやめた方がいいと思います。

結構、誰にでもある部分だと感じます。

私自身、相当気を付けています。

もし、やるのならば、選択肢を増やしてあげるような気持ちでやってあげたいものです。(´▽`)

2012年03月17日
自分が何を感じているかを無理やりプラスに変えない
嫌なことや恥ずかしいことや悲しさ。感じた感情が自分にとって嫌な気持ちなのに、心の中で無理やりプラスに変えていないでしょうか?

馬鹿にされたり、悪口などは自分の悪い部分を教えてくれているというのもあると思います。

「あなたのその部分を馬鹿にする人がいる」

というのは事実なのですから。
でも、それで「腹が立つ」と思っているのを無理やり押し殺して、「悪い所を教えてもらってありがたい」と完全に思おうとすると、私はかなりストレスになります。

心の感じ方を変えるのは、殆ど無理だと思っています。精神的に健康でないし、無理やりのプラス思考は自分を潰してしまう。

じゃあどうするんだ?と思われるかもしれません。

それは心が、今何を感じているかを知って、頭で理解するんです。

惨めに感じたくないから。負けたくないから。悲しくないと思いたくないから。

等の思いから、感じ方を変えようとするよりも、惨めでもいいからありのままを自分に受け入れるようと思い、自分の弱さを理解していく方が、私は遥かに元気になりました。

その上で嫌なことを言われたら、「ああ、自分のそういった所をこんな風に言う人もいるんだ」

と頭で理解するんです。

嫌なら嫌といってもいいし、変わってもいいと思います(o^∀^o)

ただ、そんなことをする相手が悪いで解決してしまうと、何も得ることはないような気がします。

何を感じたか。嫌なら嫌だと伝えたか。

心の平穏を得るのは、心を麻痺させるのとは真逆で、敏感に感じ取ってやることから始まると思います(o^∀^o)

2012年03月11日
正論を振りかざすのを止める
同じような立場の人に注意したり、正論を振りかざす人を見かけますが、気をつけた方がいいのでは?と思います。

上から目線に感じられるかもしれないし、自分の自尊感情を満足させたいだけではないか?と、私は頭でちょっとだけ確認します。社会的に正論だとしてもです。

私目線になりますが、観察していると「注意する」はエゴの押し付けで、あまり気持ちの良いものではない場合が多いと思います。大人が子供に注意するのとは、また違います。

私生活を送る中で、100パーセントどっちかが正しいなんて言い切れることは中々無いと思います。そんな中、注意の内容は大体がその人の勝手なルールだと感じます。

そして、注意する時は「自分を棚に上げている」ということが結構多いと思います。
自分は確実にしないことでも、自分のブレーキや自己嫌悪のキッカケを一つ増やすことに繋がると思います。

注意ではなくて、「私はそれをされたら腹が立つ。」等、気持ちを伝えるだけで良いのではないでしょうか。

そして、注意するのが美学や、相手の悪い所を教えてあげていると思っている人は、感じ方は相手次第なのですから、あまり自分が一番正しいと思わない方が、自分の為だと思います。(o^∀^o)

2012年03月07日
自分の性格をちょっとずつ自覚する
相手が悪い、自分が悪い。相手が正しい。自分が正しい。それらのことを論理的に考えてしまうと、言葉では言い表せないくらいまとまらくなり、最後には自分の心を変えようとしてないでしょうか?もしくは相手の心を変えようとしたり。心のモヤモヤを納得出来なくてずっと考えていないでしょうか?

凄く悩んでいたとき、これは、あくまでも私はですが、「こういった全てが自分なんだ。こういう性格の自分とは一生付き合って行くんだ。」

という意識が自分の中で物凄く高まったときから楽になっていきました。それまでずっ〜〜〜〜〜と考えていました。

こればかりは一人一人違うのかもしれません。

自分は何なんだろうとか、いっぱい悩んだ先に答えがあるのかもしれないし、人に言われてキッカケが生まれるかもしれません。

難しいですね。

自分を客観的に見るのは難しいですよね。
特に自分のエゴの様な考え方について客観的に見るのは難しい。
そのキッカケが、馬鹿にされて学ぶのかもしれないし、注意して学ぶのかもしれないし、自分が経験して学ぶのかもしれないし、きっと言葉では言い表せない位沢山あると思います。

視野を広くするとはそういったことなのかなと思ったり…分からないことだらけですが、私はのんびり生きています。(o^∀^o)(笑)


2012年03月03日
腹が立つとき
最近こんな記事ばかりです(笑)
でも腹が立つ感情の処理は、なかなか難しい所だと思います。
「目を内側に向ける」腹が立つのは自分で自分を認めてない部分の確認作業。自分で自分のそういう部分を認めてあげよう。もしかしたら、成長のバネにするチャンスかも。と以前書きました。

しかし、いくら認めても度合いがあります。そこを、あたかも悪いことの様に他人に言ってこられては腹が立つことだってあるでしょう。

言ってくる人に限って自分が指摘されると怒ります。自分が一番正しい様に振る舞います。

でもまず、あなた自身が、自分から相手を傷つける発言をしていないか確認してみて下さい。
もし、人を馬鹿にしたり、人が自分以下ということに安心を覚えているのなら、考え直した方が良いかもしれません。

そういう人程、自尊感情が低く、他人に左右されやすいと思うからです。「普通が安心」と思っている人程、傷つきやすいのではないでしょうか。

普通って、それだけで大変なことだと思います。

普通や平均を武器に上から目線で話す人程、人間が小さいと思います。

そんな人は、ありのままの自分に自信をもってあげましょう。
そして、他人にも同じだけの価値があり、価値観があることを理解しましょう。

自分が100パーセント正しいはもう止めましょう。

そして、今度は本題の「腹が立つことを言われたとき」の私のコツ。

それは、ハッキリ「嫌なんだけど」と言います。

それでも言って来るなら、相手に問題があると思います。
そして、「ああ」と一言だけいって「よくそんなこと人に言えるな」という軽蔑の目で見ます。

嫌だという感情にブレーキを掛人は、それくらいしても良いと思います。

私は、人を馬鹿にしているのに自分が言われたら怒ったり嫌がったりする人が大っ嫌いです(笑)

でもそういう自分が分かっているからこそ、今何を感じているか分かりやすく、自分をコントロールしてあげられます。

気の合わない人はいるものです。上手に付き合っていきたいものです。

2012年03月02日
自分に厳しいことは本当にいいこと?
「楽な道を通りたい」

この言葉に「駄目人間」のレッテルを貼る人がいます。

幼いころの親の教育や、過去の経験、または理想から反射的にそう思うのでしょう。
しかし、どうでしょう。楽な道でも、周りの目を気にせずに、自分が楽しくて、満足できて、成長を実感できて、自分の理想に向けて、自己実現の道をマイペースに歩んでいく。

私は素晴らしいのではないかと思います。

そこには周りを気遣う心の余裕も生まれます。

私自身、以前は「自分に厳しく他人に甘い」これが理想と思っていました。

しかし、「自分に厳しい」というのは、「犯してはいけない自分ルール」を沢山抱えながら生きているということ。

「自分のルール」を他人が犯したとき。腹が立ちませんか?

「まあ、色んな人がいるからな。でも私だったらそんなことはしないのに…」

そう思って、本当は腹が立っているのに、我慢する。「自分に厳しく他人に甘い」という理想が頭にある為に、理想と心の感じ方のギャップにストレスを感じていることに気がついていないのではないでしょうか?

それらは、いつか爆発して「自分に厳しく、他人に厳しい」に豹変してしまったり、自己犠牲に繋がって心の病になってしまったり…

他人に甘くしなくとも、「自分に厳しい」が理想では、同じだと思います。いつのまにかピリピリとした空気を出しているかもしれません。

人それぞれ許せないことがあって当然です。

しかし、腹が立ったり、自分の厳しさが辛かったとき、「OKOK、自分に許そう」と思えたら、大分楽になるのではないでしょうか。

心への許しはベクトルを変えるのではありません。

人の悪口をいわないという自分ルールがある人は、許すと同時に、思いのままに悪口を言うのではありません。

ルールのハードルをグーっと引き下げて、出来たら自分を誉めてあげるのです。

自分に甘く、他人にも甘いが、厳しいときは出来たら誉める。
これが理想だと思っています。
厳しくしたときは「よくやった」と自分を誉めてあげます。

うさぎと亀の話がありますよね。

うさぎが居眠りしている間に、かめが追い抜いてゴール。

自分に厳しい亀さんが報われ、自分に甘いうさぎさんが失敗するという話にもとれます。

しかし、うさぎが「のんびり昼寝も出来て、いい運動も出来て、いい一日だったなー。レースは負けたけど、次は勝ちたいなー」

と思えばどうでしょう。亀も「うさぎさんに勝つ目標が達成出来たぞ」と思えたら両方OK。幸せではないでしょうか。

亀が自分に厳しく、「こんな勝ち方は嫌だ、次は全力で走ってくれ。俺は手を抜いて勝たれても嬉しくない」とうさぎに怒っていては、せっかくの勝ちも、どうなのでしょう。

幸せが遠ざかってしまうのではないでしょうか。うさぎもいい気持ちはしないかもしれません。

自分ルールのハードルを下げて
「うさぎさんは休んだみたいだけど、僕は今回は頑張って休憩しなかったから勝てた。休まず走らなかったのは偉い。自分よくやったー!」

と、自分を誉めてあげる方がよほど自分の気持ちがいいのではないでしょうか。

「よーし、次は相手が全力でも勝てるように練習しておこう」
なんて思えたら最高だと思います。

うさぎに自分ルールを押し付ける必要もありません。

自分に厳しく他人に甘いは、中々出来るものではないと思います。
出来ていると思う人に尋ねると、「そんなことないよ。自分に凄く甘いし他人にも甘いよー」と笑顔で答えてくれます。

でも端から見れば凄く頑張り屋さん。

それは、自分を誉めながら出来るから楽しく頑張れるのではないかなと思います。

ただ一つ最後に書きたいのは、自分に激甘になると、誰かを傷つけるかもしれないということです。

何事も白黒付けすぎないよう、自分を客観的に見つめて、厳しくて辛いときは許して誉めてやる。

そんな気持ちで肩の力を抜いて、朗らかに生きていきたいなと思います。

2012年02月27日
良いサイトメモ( ̄・・ ̄)
http://www.mind-artist.com/index/kotodama/egotooya.html

2012年02月25日
元気になる方法 〜私のセルフケア〜
「こう考えればいいんだよ」

という考え方は気持ちをホッとさせてくれますよね(*^o^*)

今回は言葉ではなく、元気になった今でもやっている「私が元気になっていった方法」をご紹介したいと思います。

これはセルフカウンセリングの本に書いてあった方法です(´▽`)

それは、まず「素の自分が今本当の心で感じていることを知る」ということから始まります。
初めは、本当の自分の気持ちは中々分からないと思います。

社会的な影響や、親の影響や、無理なポジティブ思考などから、少しでも「こう思うべき」という考え方が頭にあるからだと思います。

なので、常に「今何感じてる?」と自分の心に話しかけてあげます。

そして、自分に「ごめんね」と「ありがとう」を本当に沢山言ってあげます。

最初は、朝起きたら「○○、今日起きてくれてありがとう」

等、自分が日常的に当たり前と思っていることも誉めてあげるのです。○○入れるのは自分の名前です。○○ちゃんなら尚良いと思います。子供の様に自分を呼んで「ありがとう」といってあげます。

また、辛いことは「ごめんね、ちょっとだけ堪忍してね」

と謝ります。


お風呂に入っているとき「気持ちいいな」と感じたら、「気持ちいいな、お風呂に入ってくれてありがとう」

等、自分の気持ちを聞いて、「ありがとう」と「ごめんね」を沢山いってあげます。

私はその内、本当は不安だったり、嫌だったことを心に騙し騙し生きていたことや、本当にやりたかったことが少しずつわかってきました。

「心の感じていること」と、「理想の感じ方と行動」のギャップが不安やストレスになるのだと思います。

これが自己同一性 だったっけな(o^∀^o)ちょっと自信ないですが、たしかそういうらしいです。これが自己一致なのかな?正直なにかはわかりません(笑)分かったら書きます(^_^)/~

以前書きました、「嫌なことは嫌と頭で理解していればストレスにならない」

ということの基本ですね(*^o^*)

これを知ってから私は元気になりました。自尊心を高める為にもかなり良いんじゃないかなと思います。

今もやっています(*^o^*)ストレス対策にもなっていますし、私には抜群の効果があります(o^∀^o)

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