2012年04月07日
A066 ・「親から与えられた健康」と「自分で蓄える健康」
1、50歳までは親から与えられた健康で過ごす
「人は生まれながらにして”健康の貯金”を親から与えられています。
これは50才くらいで使い切るので、その後も健康でいたいなら自分で”貯金を殖やす”努力が必要です。
”楽しんで食べる習慣”がとくに重要です。」
聖路加国際病院理事長日野原重明先生講話の一節です。
日野原先生曰く「何もせずに、若さを保とうとしてもそれは無理です。体力や機能の衰えについて私の考えを言うと、人間の体は、もって生まれた遺伝子の影響ばかりでなく、その人の環境も大きく影響して来ます。その境を50才と考えます。
この頃から急に衰えが目立つ人と、元気な人との違いが出ます。元気な人は、以前から健康維持に注意を払い、つまり遺伝子に守られている間に健康の預貯金に努力した結果なのです。勿論50才を過ぎてから初めても遅いということはありません。」
更に続きます。
「人は生まれながらにして”健康の貯金”を親から与えられています。
これは50才くらいで使い切るので、その後も健康でいたいなら自分で”貯金を殖やす”努力が必要です。
”楽しんで食べる習慣”がとくに重要です。」
聖路加国際病院理事長日野原重明先生講話の一節です。
日野原先生曰く「何もせずに、若さを保とうとしてもそれは無理です。体力や機能の衰えについて私の考えを言うと、人間の体は、もって生まれた遺伝子の影響ばかりでなく、その人の環境も大きく影響して来ます。その境を50才と考えます。
この頃から急に衰えが目立つ人と、元気な人との違いが出ます。元気な人は、以前から健康維持に注意を払い、つまり遺伝子に守られている間に健康の預貯金に努力した結果なのです。勿論50才を過ぎてから初めても遅いということはありません。」
更に続きます。
「私が提案したいのは、50才からの人生を見据えて、自分なりの遺伝子をつくろうということです。第二の遺伝子とは良き習慣をさすのです。
この為には毎日生き生きと暮らすこと。人生を楽しむことが大前提です。笑いは免疫力を上げます。明るい気持ちが健康の礎であるのは確かで、ガン患者などを対象に笑いを推奨する治療法があるくらいです。」
「日本人、中高年の男性では食事を楽しんでいる人は少なく、何となく義務的に食べている様な人もいます。」
「多くの人は健康診断の数値から”これは食べてはいけない” ”これだけしか駄目”と嘆いています。
嘆くのではなく、長い間の自分の不摂生に依る結果と自覚し、食習慣を見直す努力が大切です。
”これしか食べられない”ではなく”どの様に食べたら、健康な細胞、良い遺伝子を育めるだろうか”と工夫することです。」
・・・と、この様なお話しです。
お説ごもっとも。我が生き様を見透かされた思いです。
「生まれながらにして親から与えられた”健康の貯金”は50才位までに使い切り、以降は自らの生活習慣から殖やさなければならない」と言われると、確かに私たちは日頃「健康第一」と口にしながら、「ついつい」の気分で成り行き任せであることが多いのに気づきます。
親からの健康で生きる期間を「健康の第1期」ととすると、セカンドライフ世代は「健康の第2期」を生きることになり、これからの健康は自ら生み出していくものと自覚させられます。
2、50歳以降の健康は自らが蓄えるもの
「人生50年」というのが以前の相場でした。現在、日本の平均寿命は80才程。食糧が豊富に出回り、医療が進歩したこととあいまって随分伸びたものです。
個人個人が充実した生活習慣を身に付けることによって心身ともに健康となって寿命が延びたのなら理想的ですが、現実には自分で「より良く生きる」と努めるよりも、豊かな環境に身を任せ、結果として「生かされている」という感触が少なからずあります。
目先の「豊かさ」「便利さ」、「医療サービス」などに安易に頼って、健康を棚ぼたで得るのではなく、正しい食習慣を自ら身につけることが第一にあり、加えて必要ならば補助手段として厳選したものによるプラスαを求めることが大切だと思います。
私たち世代の日本人男性は、少なくとも食事を楽しむという点では前向きではない人が多いようです。
平均的日本人を自称する私も、20数年来糖尿病とのお付き合いでカローリー制限優先の食事でした。「食事を楽しむ」というには縁遠い生活でした。
「これだけしか食べられない」と、受け身になるのではなく、「どの様に食べたら、自分の身体を健康に導き、良い遺伝子を育めるだろうか」と、前向きに考えることを教わった思いです。
後期高齡者の仲間入りをして2年近くなりましたが、「遅すぎるスタートはない」「まかぬ種は生えぬ」であろうと思っています。
これからの人生は自分次第! たとえゆっくりではあっても右肩上がりを願って行けそうな気がしています。
この為には毎日生き生きと暮らすこと。人生を楽しむことが大前提です。笑いは免疫力を上げます。明るい気持ちが健康の礎であるのは確かで、ガン患者などを対象に笑いを推奨する治療法があるくらいです。」
「日本人、中高年の男性では食事を楽しんでいる人は少なく、何となく義務的に食べている様な人もいます。」
「多くの人は健康診断の数値から”これは食べてはいけない” ”これだけしか駄目”と嘆いています。
嘆くのではなく、長い間の自分の不摂生に依る結果と自覚し、食習慣を見直す努力が大切です。
”これしか食べられない”ではなく”どの様に食べたら、健康な細胞、良い遺伝子を育めるだろうか”と工夫することです。」
・・・と、この様なお話しです。
お説ごもっとも。我が生き様を見透かされた思いです。
「生まれながらにして親から与えられた”健康の貯金”は50才位までに使い切り、以降は自らの生活習慣から殖やさなければならない」と言われると、確かに私たちは日頃「健康第一」と口にしながら、「ついつい」の気分で成り行き任せであることが多いのに気づきます。
親からの健康で生きる期間を「健康の第1期」ととすると、セカンドライフ世代は「健康の第2期」を生きることになり、これからの健康は自ら生み出していくものと自覚させられます。
2、50歳以降の健康は自らが蓄えるもの
「人生50年」というのが以前の相場でした。現在、日本の平均寿命は80才程。食糧が豊富に出回り、医療が進歩したこととあいまって随分伸びたものです。
個人個人が充実した生活習慣を身に付けることによって心身ともに健康となって寿命が延びたのなら理想的ですが、現実には自分で「より良く生きる」と努めるよりも、豊かな環境に身を任せ、結果として「生かされている」という感触が少なからずあります。
目先の「豊かさ」「便利さ」、「医療サービス」などに安易に頼って、健康を棚ぼたで得るのではなく、正しい食習慣を自ら身につけることが第一にあり、加えて必要ならば補助手段として厳選したものによるプラスαを求めることが大切だと思います。
私たち世代の日本人男性は、少なくとも食事を楽しむという点では前向きではない人が多いようです。
平均的日本人を自称する私も、20数年来糖尿病とのお付き合いでカローリー制限優先の食事でした。「食事を楽しむ」というには縁遠い生活でした。
「これだけしか食べられない」と、受け身になるのではなく、「どの様に食べたら、自分の身体を健康に導き、良い遺伝子を育めるだろうか」と、前向きに考えることを教わった思いです。
後期高齡者の仲間入りをして2年近くなりましたが、「遅すぎるスタートはない」「まかぬ種は生えぬ」であろうと思っています。
これからの人生は自分次第! たとえゆっくりではあっても右肩上がりを願って行けそうな気がしています。