2012年09月25日
A199・国を衰退させる〜アメリカの「デブ」と日本の「ヤセ」(3)
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(前回)
1、肥満に悩むアメリカ
2、日本人はかなり痩せている民族ではあるけれど・・
3、日本人女性の「ヤセ願望?」
(1)厚生労働省の「国民健康づくり運動」など
(2)「20代女性に痩せすぎ傾向 〜一方でダイエットブームが曲がり角に」
(今回)
3、日本人女性の「ヤセ願望?」
(3)「ヤセ=美しい」は妄想?
「美しくありたい!」 誰もがこう願うでしょうし、健康に生きるためにとても大切なことだと思います。本能と言って良いのかも知れません。
ところが、女性一般(小学生の女の子までも含めて)に、程度をわきまえずに「痩せていること」=「美しい」という観念が浸透しているのは何に依るのでしょうか?
(前回)
1、肥満に悩むアメリカ
2、日本人はかなり痩せている民族ではあるけれど・・
3、日本人女性の「ヤセ願望?」
(1)厚生労働省の「国民健康づくり運動」など
(2)「20代女性に痩せすぎ傾向 〜一方でダイエットブームが曲がり角に」
(今回)
3、日本人女性の「ヤセ願望?」
(3)「ヤセ=美しい」は妄想?
「美しくありたい!」 誰もがこう願うでしょうし、健康に生きるためにとても大切なことだと思います。本能と言って良いのかも知れません。
ところが、女性一般(小学生の女の子までも含めて)に、程度をわきまえずに「痩せていること」=「美しい」という観念が浸透しているのは何に依るのでしょうか?
古来、日本には和服の美が生まれ育ってきたように日本独特の美への感覚があったはずです。それが敗戦後の舶来偏重気風の中で、欧米文化流入などに大きく影響されたように思われます。
オードリヘップバーンとかイングリッドバークマンとかの女優さんは当時の日本人とはかけ離れたスタイルでしたが、立派な健康的な体格であって、決してヤセギスではなかったように思います。
ファッションショウが日本でも開催されるようになって、モデルさん達の非日常的な歩き方に日本女性は魅惑されたようでした。
「細くて長い」が「健康美」から乖離して、「ほどほど」を通り越し、「激やせ」であろうと何であろうと、ひたすら「痩せること」に猛進・盲進し始めたルーツであるかも知れません。
テレビとか雑誌とかでの商業主義も手伝って、身辺がダイエット情報で埋め尽くされて、その中で暮らしている内に、すっかりマインドコントロールされて「痩せ願望人間」になってしまっている?との推論もあります。
「余計なお世話!」と言われそうですが、誰のために「痩せたい」と思うのでしょうか?
(イ)自分のため?
「痩せる=綺麗!」と思っても、「肥りすぎない程度に、ほどほどに!」がよいのですが、ついつい「痩せているほどきれい」と幻想、妄想してしまう様です。
「女ごころ!」なんていう言葉にこと寄せて「激痩せ」に走ってしまうと健康障害につきまとわれる結果となりましょう。
健康であることを第一に願って「ほどほど」を大切に思って欲しいものです。
(ロ)周囲の目?
誰かから「肥っている!」と言われるのではないか?
女性の多くがそんな思いを持っているのだそうです。
「綺麗だ!」と言われたい。
この意識は健康的そのものですが、「綺麗=痩せている」という錯覚を錯覚と気付かないところが間違いの始まりのようです。
「ヤセ」と「ふっくら」とどちらが好ましいか?
という対比では、何時の時代にも「ふっくら」に軍配が上がるそうです。
健康美を望む健康的な感覚を日本人は持っているようです。
四捨五入すると齢80歳の私にとって、女性の容姿を云々するのは今は昔の物語とも思いますが、すぐにも折れそうな足腰の年頃の娘さんを見ると、この先まともに家庭生活を送れるのだろうかと気になります。
にこやかな、ややふっくら加減の娘さんをみると気が和みます。
女の子は小学5,6年にもなると母親のスタイルや服装をしきりに気にするそうです。このこと事態はとても健康的なことだと思います。
これを認めた上で、しっかりと食べ、運動して、元気に育てていくのが家庭の躾であり、学校教育であろうと思います。
オードリヘップバーンとかイングリッドバークマンとかの女優さんは当時の日本人とはかけ離れたスタイルでしたが、立派な健康的な体格であって、決してヤセギスではなかったように思います。
ファッションショウが日本でも開催されるようになって、モデルさん達の非日常的な歩き方に日本女性は魅惑されたようでした。
「細くて長い」が「健康美」から乖離して、「ほどほど」を通り越し、「激やせ」であろうと何であろうと、ひたすら「痩せること」に猛進・盲進し始めたルーツであるかも知れません。
テレビとか雑誌とかでの商業主義も手伝って、身辺がダイエット情報で埋め尽くされて、その中で暮らしている内に、すっかりマインドコントロールされて「痩せ願望人間」になってしまっている?との推論もあります。
「余計なお世話!」と言われそうですが、誰のために「痩せたい」と思うのでしょうか?
(イ)自分のため?
「痩せる=綺麗!」と思っても、「肥りすぎない程度に、ほどほどに!」がよいのですが、ついつい「痩せているほどきれい」と幻想、妄想してしまう様です。
「女ごころ!」なんていう言葉にこと寄せて「激痩せ」に走ってしまうと健康障害につきまとわれる結果となりましょう。
健康であることを第一に願って「ほどほど」を大切に思って欲しいものです。
(ロ)周囲の目?
誰かから「肥っている!」と言われるのではないか?
女性の多くがそんな思いを持っているのだそうです。
「綺麗だ!」と言われたい。
この意識は健康的そのものですが、「綺麗=痩せている」という錯覚を錯覚と気付かないところが間違いの始まりのようです。
「ヤセ」と「ふっくら」とどちらが好ましいか?
という対比では、何時の時代にも「ふっくら」に軍配が上がるそうです。
健康美を望む健康的な感覚を日本人は持っているようです。
四捨五入すると齢80歳の私にとって、女性の容姿を云々するのは今は昔の物語とも思いますが、すぐにも折れそうな足腰の年頃の娘さんを見ると、この先まともに家庭生活を送れるのだろうかと気になります。
にこやかな、ややふっくら加減の娘さんをみると気が和みます。
女の子は小学5,6年にもなると母親のスタイルや服装をしきりに気にするそうです。このこと事態はとても健康的なことだと思います。
これを認めた上で、しっかりと食べ、運動して、元気に育てていくのが家庭の躾であり、学校教育であろうと思います。