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2018年01月19日

作家が試みるリスク回避について−魯迅、森鴎外、トーマス・マン5

5 ドイツの危機感

 科学革命が周囲で進んでいるときに、そこから文学は何をしたのであろうか。「魔の山」(1924)の作者トーマス・マンを引き合いに出して説明してみよう。「魔の山」の舞台は保養地で有名なスイスのダボスである。主人公のカストルプは、戦火を離れてサナトリウムで従兄弟とともに療養し、そこに逗留する人々と数年に渡って情報のやり取りをする。こうした下界では得られない経験がカストルプに人としての成長をもたらし、「魔の山」のイロニーを教育的なものにした。 
 トーマス・マンはかねてから、人間は社会から離れて自己の関心を追うことなく、経験を本義として自己喪失の域に到達すれば精神的に完璧でいられるといっている。(スノー 1967)確かにそう思う。しかし、経験を積みながら自己喪失の域に到達しても、そこで固まってしまうとさらなる展開は難しい。カストルプはサナトリウムでの経験を糧にしてダボスから戦場へと向かう。 
 民主主義と進歩を目指す「魔の山」は、社会の秩序を壊すニヒリズムの克服が自身の教養を自ずとヒューマニズムに導く力になると主張している。(藤本他 1981) この主張の根底には、「非政治的人間の考察」(1918)がある。「考察」の中でトーマス・マンは、自分自身のために精神的で歴史的な場所を確認し、さらにドイツや欧州全体に向けて発展を呼びかけている。(T. Mann 1983)そのため「考察」は異文化風の論説としても読むことができる。 
 ドイツの魂とは国家の魂のみならず個人の魂も指し、精神的に豊かなドイツ人は誇り高く自己を支配する。こうした魂を盾にして文明の文士が活躍する。文明の文士とは戦争の敵でも平和主義者でもなく、戦争が文明に従事する場合には戦争を拒否しない。ところがドイツの侵略やドイツの抵抗を見ると戦争に抗議する。文明の文士が望むものはドイツの発展である。(T. Mann 1983) 
 トーマス・マンの危機感はドイツの発展が止まってしまうことであった。そのため発展が止まらぬように「考察」を続けていく。国家の不和や民族間の戦いを人間の文化とか社会生活のための基本的な問題と理解して、ドイツが進めた西の文明と東の専制政治に対する民族闘争を褒め称えた。従って、「非政治的人間の考察」から「魔の山」へと続くマンの論説は、ドイツ国民への告白でありメッセージといえよう。 

花村嘉英(2014)「20世紀前半に見る東西の危機感」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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