2008年02月04日
猫姫の舞踏 10
「何なの、アイツ?」
「……」
ブランが呆れた口調でノアールに尋ねたが、ノアールも呆れてしまっている。
「……バカ、ね」
その後は特に、誰かが来るような様子も無かったため、二人は改めて、眠ることにした。
ベッドの中で、ノアールはぼんやりと、カインとのやりとりを思い返す。
――俺はカイン・パイロストーン。金と、俺の利益になりそうなことは、何でもやる――
――その、なんだ……、つれてってほしいんだ!――
――あんたたちと一緒に行きたいんだよ――
――俺もそれなりに決心してんだ。ぜってーついてくからな――
(……本当についてきたら、どうしようかな。そうなったらきっと、ブランは『ここまで頼み込んでるんだからさー、つれてってあげようよ、おねえちゃん』とか、言うに決まってる。
絶対、ダメ。あいつが自分で言った通り、あいつはきっと、自分の利益優先、自分の都合でしか、動かないわ。そんな奴、旅に加えたりなんかしたら――ここぞと言う時に、裏切るかもしれないし、いつ金品を奪って逃げ出すか、分からない――そんな奴を加えたら、最悪、命に関わることもある。
明日、何があっても。ブランが何を言っても。絶対、カインと一緒に行動は、しちゃいけないわ。だって、あいつは、自分、で……言った……)
考えるうちに、思考が鈍くなってくる。同じことを繰り返し考え、結論がぼやけてくる。やがて眠気が完全に、彼女の思考を止めさせた。
――ああ、しっかりしてよ!――
夢の中で、誰かの声が聞こえてくる。
――目を開けて! 死なないで!――
ノアールはこの光景に、見覚えがある。だが、ぼんやりとした印象で、いつのことだったか思い出せない。
――あと、もう一息なのに! あなたがいなきゃ――
その光景に見覚えはあるのだが、目の前の二人が誰なのか、ノアールは知らない。
――ああ……! あたし、どうすればいいの!?――
声の主は、ノアールより大分年上のようだ。倒れている者は、魔術師風の身なりをしている。
――もう、おしまいだわ――
声の主は、倒れたままの魔術師を抱えながら、泣き叫んでいた。
そこで、目が覚めた。
「……あの夢、か」
同じ夢を、ノアールはすでに十数回見ていた。内容はいつも同じ。倒れた魔術師を抱きかかえた女が、泣き叫んでいる夢だ。
「しばらく、見なかったのに」
6歳の頃に初めて見て以来、何ヶ月かに一回の間隔で、その夢を見ていた。
ブランや、はるか昔健在だった両親に聞いても、思い当たる点は無く、ただの夢だろうと言われた。だが、それで済ますにはどうにも、生々しい感触のある夢であり、それには何らかの、大きな意味が込められていると、ノアールは信じていた。
それがきっかけで、彼女は旅に出たのだ。旅の間は特に、その夢を見ることが多くなった。誰かが、メッセージを送っているのかもしれない――ノアールはそう思っていた。
だが、ブランと二人旅を始めて以来――つまり、一人旅をやめて以来――3年間ずっと、見ていなかった。
(なぜ、今になってあの夢を……?
誰かが――恐らく、あの人たちが――メッセージをまた、送ってきたのかしら。私に、何を伝えようとしているのだろう。
……もう、朝か)
夕べカインが出ていった窓から、朝日が差し込んでいた。
(黄輪)
2008.2.8 修正