2008年01月27日
猫姫の舞踏 8
二人はベッドからそっと抜け出し、傍らにある武器を手に取り、注意深く窓の様子を伺う。そうして10秒ほど、影とにらみあっていた。すると――。
「……く、くくく。くっ、あははは……。そうにらむなよ〜」
どこかで聞いた覚えのある、男の笑い声が聞こえてきた。だが、二人は依然、警戒を解かない。その影は両手を挙げ、敵意が無いことを示しながら、するっと部屋に入ってきた。
「こんちゃー、っと、夜だったな、そう言や。んん、こんばんはー。……さっきはちっと、悪りーことしたな、おじょーちゃんたち」
ここでようやく、二人は男の正体に気付いた。ブランがそっと、魔術で灯りをともす。
「『ライトボール』……、照らして」
ほのかな、蛍色の光が男の顔を照らす――間違いなく、二人を襲った男の一人、あのリーダーだった。
ノアールは剣を構えたまま、男に向かって怒鳴る。
「どうしてここが……、ううん、それよりも! 一体、何しに来たの!?」
「だからー、そう怒るなって。ちっと、話をしに、さ」
「話……?」
男はニコニコ笑って手を二人にかざしながら、椅子に腰かける。
「ま、自己紹介させてもらうぜ。
俺の名はカイン。カイン・パイロストーン。基本は、旅人。時々、盗賊とか、商人とか、バクチ打ちとか――金と、俺の利益になりそうなことは、何でもやる。
流れ者で、家族は無し。その場の気分で、他の旅人とつるんだり、いがみあったりしてる。実を言えば、さっきの奴らも酒場でちょっと、意気投合しただけ。ま、あの時は成り行きでリーダー面したけどな」
「ふ、ん。つまり、ならず者ね」
ノアールに冷笑され、カインは額に手を当てて、軽くうなる。
「うっわ、きっついなぁ。……まあ、それで、アンタたちの名前、教えてくんねーかな?」
ノアールは眉をひそめ、声を荒げる。
「何で、アンタに教えなきゃいけないの? 出てってよ、話すことなんか、何も……」
まくしたてて追い出そうとしたが、ブランが簡単に答えてしまう。
「あたしはブラン。こっちはおねえちゃんの、ノアール」「ブラン!?」
妹の行動に、ノアールは驚きを隠せない。半ば声を裏返らせつつ、ブランをしかる。
「何考えてるの!? コイツは、あなたを襲おうとしたのよ!?」
「え、でも、だって……、無事だったじゃない。それにこの人、そんなに悪そうでも無いと思うよ、あたし」
ブランのあっけらかんとした態度に、カインも目を丸くしている。
「お、おいおい……。そんな簡単に、他人を信じちゃダメだろ、普通。まあ、素直に聞いてくれるのは、嬉しいけどよ」
ノアールはまだ、カインを追い払おうと考えていたが、諦めた。
ここは2階。音も無く――獣人のノアールたちでも、ほとんどかすかにしか聞き取れないくらいの物音しか立てずに――侵入したことだけを取っても、この男の腕は相当なものである。恐らく一対一では、ノアールにはかなり、分が悪いだろう。
ブランの助けが必要になるところだが、カインへの警戒心はどうやら、とっくに消えてしまっているらしい。手伝ってもらうのは、難しそうだった。
となれば――後は、交渉なり話し合いなりで、この珍客を何とかするしかない。
「……はあ。それで、話って何なの、パイロストーンさん?」
「お、聞く気になってくれたか。いやー、話が早くて助かるぜ、ははっ。
あ、あと、カインって呼んでくれていいから」
ノアールの言葉に、カインはまた、屈託無く笑った。
(黄輪)