2008年01月17日
猫姫の舞踏 4
ノアールは瞬間的に、身の危険を察知した。すっと後ろに退き、男たちと距離を取る。
「おいおい、そう警戒すんなって。な?」
「そうそう。大人しくしてれば、何もしねえよ」
「な、こっちに……」
そう言いながら、男たちはにじり寄ってくる。ノアールは触りこそしなかったが、自分の腰に剣が差してあることを、服の上からの感触で確認した。
(よし。ちゃんと、ある。怯えてもいないし、緊張して震えても、いない。ちゃんと、落ち着いてる)
ノアールは冷静に、男たちから安全、かつ確実に逃げる方法を考えていた。
ノアールたちの旅が始まって、すでに3年近く過ぎている。さらに言えば、ノアールの方が――ある事情から――1年多めに、旅をしている。用心深いこともあって、こんな目に遭うことも、予想はしていた。
だから、対処法もそれなりに、考えてある。
「えっ?」
大き目の声でそう言いながら、ノアールは横を向いた。
「ん?」
ノアールの動きに集中していた男たちは、つられてノアールと、同じ方向を向く。
「何だよ……」
向き直った時には、ノアールの姿は無かった。
「あ……! くそ、逃げられた!」
「畜生、金が!」
男たちのうち2人は憤ったが、残る1人――ノアールに話しかけてきた、リーダー格の男――は落ち着き払い、2人をなだめる。
「まあ、待てよ。1人には逃げられたが、もう1人残ってる。そっち、狙おう」
リーダーの意見に、手下は素直にうなずき、菓子屋へ足を進めた。
「あ、このドーナツも美味しそ〜! あ、マフィンももう一個っ!」
ブランははしゃぎながら、菓子屋の中を歩き回っている。すでに夜も更け始め、客はブラン一人である。店員が心配そうに、ブランへ声をかけた。
「お客さーん、もう120、いや、130ユトにはなるよ、それ。お金、ホントに大丈夫?」
ブランは問題ない、と言いたげに、尻尾をパタパタ振った。
「だいじょぶだいじょぶ、あ、これもー」
店の中を5周ほど回り、右手に持ったお盆にはこんもりと、お菓子の山ができていた。
男たちは遠巻きに、菓子屋の周りを囲んでいた。ブランが菓子屋を出たら襲って、金を奪うつもりなのだ。店の中を覗いていたリーダーが目配せして、「そろそろ出てくるぞ」と伝える。
手下たちも目で、それに応える。
ブランがホクホクと微笑みを浮かべ、店を後にした。男たちに気付く様子もなく、隙だらけの背中を男たちに見せた。
「今だ、捕まえろ!」
リーダーが叫び、ばっとブランに駆け寄った。
「え? ……な、何!? 何なの!?」
ブランは驚き、菓子の詰まった袋を抱え、急いで逃げようとした。すかさずリーダーはブランの手首をつかみ、その動きを止めさせる。……だが、手下たちの助けが来ない。
「おい、お前ら! さっさと……」
叱りかけて、言葉を失った。
手下の一人が、道端に倒れている。どうやら、気を失っているらしい。
そしてもう一人は、先ほど逃げられたはずの、黒い「猫」に剣を向けられていた。
(簡単に、引っかかってくれた。こう言うのはちゃんと対処しないと、いつまででも追いかけてくるから――ここできっちり、倒す!)
ノアールの様子を見て、ブランも状況を悟る。あっけに取られていたリーダーの手を振り払って、彼から離れつつ、呪文を唱え始めた。
(黄輪)