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2015年07月09日
しくじり先生「紫吹淳」
今回の講師は紫吹淳(しぶき じゅん)さん。
元宝塚トップスターであるが、私生活において致命的なしくじりをしている。
生活に関わることが、ひとりでは何もできないのだ。
例えば、料理や掃除ができない人は、そこまで珍しくはないと思う。
しかし紫吹先生は、
公共料金の支払い
電車の切符購入
銀行振込
ATMの操作
などもひとりでできない46歳の独身女性なのである。
よく今まで生きてこれたなと思ってしまうが、そこには理由があった。
15歳で入学した宝塚音楽学校では寮生活をしていたが、同級生が面倒を見てくれた。
宝塚歌劇団では、ファンクラブの代表者が身の回りの世話をしてくれた。
そして現在は、事務所のマネージャー(元ファンクラブ代表者)が身の回りの世話をしてくれている。
こんな環境で生活していたら、なにもできなくなるのは必然である。
また、紫吹先生は、「トップスターは生活感を出してはいけない」という考えを持っていたため、生活に関することをやらなかったという側面もある。
そんな紫吹先生だが、以前、知人に「自立したほうがいい」と言われたことがあるという。
そのとき紫吹先生は、
「やらないだけで、私はやればできるわよ」
と思っていた。
しかし実際にやってみると、意外とできなかったという。
「見る」と「やる」は違う。
「私はやればできる」 → やってみないとわからない。
「まだ本気を出してないだけ」 → 本気を出したところで、できるとは限らない。
「今やろうと思ってたんだよ!」 → 思っていただけで、できてはいない。
考え方は人それぞれで、自由だ。
しかし、どんなに素晴らしい考えを持っていても、結果が出なければ机上の空論。絵に描いた餅である。
結果を出すために必要なのは、行動するということ。
グダグダ言ってる時間があるなら、行動してみたほうがいい。
あなたは自分の残りの人生において、自由になる時間はどれくらいあるのかわかるだろうか?
たくさんあると思わない方がいい。
極端な話、明日にでも人生が終わるかもしれないのだから。
やりたいことがあるなら、精一杯やろう。
紫吹先生は最近、ひとりでコンビニに行けるようになったらしい。
いろんなことがあって、客観的に自分自身を見つめられるようになり、自分のダメなところを認められるようになった紫吹先生。
「人間は死ぬまで成長できる」とのこと。
成長しようとする意志があれば、きっと成長できる。
紫吹淳先生、ありがとうございました。
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元宝塚トップスターであるが、私生活において致命的なしくじりをしている。
生活に関わることが、ひとりでは何もできないのだ。
例えば、料理や掃除ができない人は、そこまで珍しくはないと思う。
しかし紫吹先生は、
公共料金の支払い
電車の切符購入
銀行振込
ATMの操作
などもひとりでできない46歳の独身女性なのである。
よく今まで生きてこれたなと思ってしまうが、そこには理由があった。
15歳で入学した宝塚音楽学校では寮生活をしていたが、同級生が面倒を見てくれた。
宝塚歌劇団では、ファンクラブの代表者が身の回りの世話をしてくれた。
そして現在は、事務所のマネージャー(元ファンクラブ代表者)が身の回りの世話をしてくれている。
こんな環境で生活していたら、なにもできなくなるのは必然である。
また、紫吹先生は、「トップスターは生活感を出してはいけない」という考えを持っていたため、生活に関することをやらなかったという側面もある。
そんな紫吹先生だが、以前、知人に「自立したほうがいい」と言われたことがあるという。
そのとき紫吹先生は、
「やらないだけで、私はやればできるわよ」
と思っていた。
しかし実際にやってみると、意外とできなかったという。
「見る」と「やる」は違う。
「私はやればできる」 → やってみないとわからない。
「まだ本気を出してないだけ」 → 本気を出したところで、できるとは限らない。
「今やろうと思ってたんだよ!」 → 思っていただけで、できてはいない。
考え方は人それぞれで、自由だ。
しかし、どんなに素晴らしい考えを持っていても、結果が出なければ机上の空論。絵に描いた餅である。
結果を出すために必要なのは、行動するということ。
グダグダ言ってる時間があるなら、行動してみたほうがいい。
あなたは自分の残りの人生において、自由になる時間はどれくらいあるのかわかるだろうか?
たくさんあると思わない方がいい。
極端な話、明日にでも人生が終わるかもしれないのだから。
やりたいことがあるなら、精一杯やろう。
紫吹先生は最近、ひとりでコンビニに行けるようになったらしい。
いろんなことがあって、客観的に自分自身を見つめられるようになり、自分のダメなところを認められるようになった紫吹先生。
「人間は死ぬまで成長できる」とのこと。
成長しようとする意志があれば、きっと成長できる。
紫吹淳先生、ありがとうございました。
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2015年07月08日
しくじり先生「Mr.マリック」
今回の講師はMr.マリック。手品師である。
1980年代後半。あるテレビマンが、彼の手品を見て言った。
「これって、黙っていれば手品じゃなくて超能力に見えるよね」
これをきっかけに、手品を「超魔術」というパフォーマンスにしてテレビ出演し、一世を風靡した。
だがその後、「超魔術」は超能力なのか手品なのかという論争を巻き起こすことになる。
最初に書いた通り、Mr.マリックは手品師であり、超能力者ではない。
しかし当時、いわゆる大人の事情により、「超魔術は超能力ではない」と明言することはできなかった。
超能力否定派の人たちからは「詐欺師」と呼ばれ、激しく非難された。
超能力肯定派の人たちの中には、マリック先生の家に押しかけて、「超能力で埋蔵金の場所を探してくれ」「教祖になってくれ」「ある人の胃の中に毒薬をテレポートさせてくれ」などと無茶な要求をしてくる人もいた。
このような状況が続いたため、妻との関係も悪化し、娘がグレて、家族がバラバラになってしまった。
精神的に追い込まれたマリック先生は、顔面麻痺により入院してしまう。
その後、自分が超能力者ではないとカミングアウトして事態を収束させようとするものの、「期待を裏切った」などと言われ、仕事もなくなってしまう。
日本に居場所がなくなり、アメリカに逃亡したマリック先生。
知り合いのツテで、手品師の仕事を始めた。
アメリカの劇場で、手品師として手品を見せると、お客さんはまるで超能力を見たときのような反応をした。
そこであらためて気がついた。
自分の手品は「黙っていたら超能力に見える」のではなく、「手品だとバレていても超能力に見える」というものなのだ、と。
そして、手品師として1からやり直すことを決意する。
マリック先生が手品を始めたのは中学2年生のころだった。
当時は純粋に人を喜ばせたい、楽しませたいという気持ちでやっていた。
大人になってからは、そういう気持ちを忘れてしまっていた。
「初心」
マリック先生は、これを思い出すことの大切さを学んだという。
子どもの頃に夢中になってやっていたこと。
純粋に、好きでやっていたこと。
大人になると純粋さを忘れていく。
純粋さだけでは生きていきづらい世の中だが、時々は思い出すべき感覚なのかもしれない。
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1980年代後半。あるテレビマンが、彼の手品を見て言った。
「これって、黙っていれば手品じゃなくて超能力に見えるよね」
これをきっかけに、手品を「超魔術」というパフォーマンスにしてテレビ出演し、一世を風靡した。
だがその後、「超魔術」は超能力なのか手品なのかという論争を巻き起こすことになる。
最初に書いた通り、Mr.マリックは手品師であり、超能力者ではない。
しかし当時、いわゆる大人の事情により、「超魔術は超能力ではない」と明言することはできなかった。
超能力否定派の人たちからは「詐欺師」と呼ばれ、激しく非難された。
超能力肯定派の人たちの中には、マリック先生の家に押しかけて、「超能力で埋蔵金の場所を探してくれ」「教祖になってくれ」「ある人の胃の中に毒薬をテレポートさせてくれ」などと無茶な要求をしてくる人もいた。
このような状況が続いたため、妻との関係も悪化し、娘がグレて、家族がバラバラになってしまった。
精神的に追い込まれたマリック先生は、顔面麻痺により入院してしまう。
その後、自分が超能力者ではないとカミングアウトして事態を収束させようとするものの、「期待を裏切った」などと言われ、仕事もなくなってしまう。
日本に居場所がなくなり、アメリカに逃亡したマリック先生。
知り合いのツテで、手品師の仕事を始めた。
アメリカの劇場で、手品師として手品を見せると、お客さんはまるで超能力を見たときのような反応をした。
そこであらためて気がついた。
自分の手品は「黙っていたら超能力に見える」のではなく、「手品だとバレていても超能力に見える」というものなのだ、と。
そして、手品師として1からやり直すことを決意する。
マリック先生が手品を始めたのは中学2年生のころだった。
当時は純粋に人を喜ばせたい、楽しませたいという気持ちでやっていた。
大人になってからは、そういう気持ちを忘れてしまっていた。
「初心」
マリック先生は、これを思い出すことの大切さを学んだという。
子どもの頃に夢中になってやっていたこと。
純粋に、好きでやっていたこと。
大人になると純粋さを忘れていく。
純粋さだけでは生きていきづらい世の中だが、時々は思い出すべき感覚なのかもしれない。
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2015年07月05日
ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!「又吉直樹」
今回のゲストは又吉直樹さん。
本業は芸人だが、作家としての活動もしており、3月に発売した小説「火花」が大ヒット。
累計発行部数42万部というすごい数字を叩き出した(この番組が放送された時点での数字)。
この小説の主人公は、若手芸人の徳永という男である。
徳永はある日、先輩芸人・神谷に出会い、衝撃を受ける。
そして徳永は神谷に弟子入りし、彼を師と仰ぐ。
神谷は徳永を弟子にする条件として、「俺の伝記を書け」と命じる。
苦悩や葛藤を抱えながらも、漫才師として生きようとする2人の芸人。
彼らの人生の行く末とはー。
著者の又吉さんの話によると、この小説を書き始めた時に決まっていたのは、「テーマは先輩後輩の関係」「神谷が徳永に伝記を書くように言う」の2つだけで、それ以外は書きながら考えていったという。
小説の中には、普通では使わないような表現も多々ある。
そこは又吉さんのこだわりであり、周りから変だと思われても、自分が良いと思う表現をしたいと考えたようだ。
ちなみに薄毛ぎみの「ブラマヨ小杉さんの頭」を又吉流に表現すると、
「一見して2、3匹の豚の死骸が転がっていないとおかしいほどの荒野」
だそうだ。個性的な表現である。
また、ブラマヨ吉田流の表現では、
「人間の頭皮も肌色なんだとあらためて教えてくれるような頭」
だという。なるほど、と思った。
私はこの本を読んで、生き様というのは人それぞれだなと思った。
不器用な人間が、不器用ながらも自分の信じる道を真っ直ぐに進もうとする。
だが、そう簡単には進めない。
自分の信じる道が、世間と違っているから。
それでも自分の道を進むのか、それとも世間に合わせて生きていくのか。
どちらが正解なのかわからない。
「自分の道を進むことのできる強さ」
「自分をコントロールして、世間に合わせることのできる強さ」
どちらも大切なことのように思える。
自分の生き方をあらためて考えさせられた。
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本業は芸人だが、作家としての活動もしており、3月に発売した小説「火花」が大ヒット。
累計発行部数42万部というすごい数字を叩き出した(この番組が放送された時点での数字)。
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この小説の主人公は、若手芸人の徳永という男である。
徳永はある日、先輩芸人・神谷に出会い、衝撃を受ける。
そして徳永は神谷に弟子入りし、彼を師と仰ぐ。
神谷は徳永を弟子にする条件として、「俺の伝記を書け」と命じる。
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著者の又吉さんの話によると、この小説を書き始めた時に決まっていたのは、「テーマは先輩後輩の関係」「神谷が徳永に伝記を書くように言う」の2つだけで、それ以外は書きながら考えていったという。
小説の中には、普通では使わないような表現も多々ある。
そこは又吉さんのこだわりであり、周りから変だと思われても、自分が良いと思う表現をしたいと考えたようだ。
ちなみに薄毛ぎみの「ブラマヨ小杉さんの頭」を又吉流に表現すると、
「一見して2、3匹の豚の死骸が転がっていないとおかしいほどの荒野」
だそうだ。個性的な表現である。
また、ブラマヨ吉田流の表現では、
「人間の頭皮も肌色なんだとあらためて教えてくれるような頭」
だという。なるほど、と思った。
私はこの本を読んで、生き様というのは人それぞれだなと思った。
不器用な人間が、不器用ながらも自分の信じる道を真っ直ぐに進もうとする。
だが、そう簡単には進めない。
自分の信じる道が、世間と違っているから。
それでも自分の道を進むのか、それとも世間に合わせて生きていくのか。
どちらが正解なのかわからない。
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どちらも大切なことのように思える。
自分の生き方をあらためて考えさせられた。
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