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2019年12月30日

連合軍を震撼させた「諜報の神様」小野寺信(5)ポーランドから最後の返礼 「ヤルタ密約」連合軍を震撼させた




 連合軍を震撼させた「諜報の神様」小野寺信(5)

   「ヤルタ密約」連合軍を震撼させた


          〜nippon.com 岡部 伸 12/30(月) 11:32配信〜

 北欧唯一の中立国・スウェーデンの首都は、連合側と枢軸側機密情報が交錯する「諜報のメッカ」だった。小野寺信(まこと)陸軍武官は、親密な人間関係を築いたバルト3国やポーランド等の情報士官から情報を得て、日米開戦後も欧州情勢や連合軍情報を東京に送り続けた。
 1944年9月、ストックホルムを訪ねた海軍の扇一登大佐(当時)は「小野寺さんは他国の情報将校から、諜報の神様と慕われて居た」と戦後、回想して居る。1945年2月、米英ソ首脳がクリミアのヤルタで、ソ連がドイツ降伏3カ月後に対日参戦する密約を交わした連合国最高機密を、小野寺は会談直後にポーランドから入手した。

 ヒムラーが忌み嫌った「世界で最も危険な密偵」

 ポーランドの大物情報士官、ミハウ・リビコフスキが小野寺と「心の絆」で結ばれたのは、小野寺が草木も靡(なび)くナチスに反抗し、危険承知でリビコフスキを守り抜いた為だ。
 小野寺が赴任して約半年後の1941年7月。ベルリンの中心地ティア・ガルテンでリビコフスキの部下がドイツの秘密国家警察(ゲシュタポ)に摘発され、リビコフスキが満州の偽造パスポートで、ストックホルム日本陸軍武官室職員として諜報活動を行って居る事が発覚した。
 ナチス親衛隊(SS)の第四代指導者、ハインリヒ・ヒムラーが「世界で最も危険な密偵」と忌み嫌い、リビコフスキ逮捕に躍起に為った。

 ベルリンに出張した小野寺に面会して、リビコフスキからの預かり物(指令書や活動資金)を受け取った直後に逮捕された部下は、ポーランド地下組織のリーダーで、ベルリン満州公使館で雇われて居た。その前は、リトアニアのカウナス日本領事館で杉原千畝領事代理に協力して居た。
 「敵」はナチスだけでは無かった。日独伊三国同盟締結後、ドイツ一辺倒に為ったベルリン日本大使館で、満州国参事官としてポーランドとの諜報協力を主導して居た陸軍中野学校の初代校長・秋草俊も露骨にリビコフスキを嫌悪して居た。ドイツは、ベルリンの大島浩大使を通じて再三、リビコフスキの身柄引き渡しを求めた。

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                  小野寺とリビコフスキ

 しかし、小野寺は頑として受け付け無かった。ゲシュタポに四六時中命を狙われるリビコフスキを、武官室で保護し続け、更なる身の安全の為、ストックホルム公使館の神田襄太郎代理公使に依頼して、日本パスポートを発給した。偽名ピーター・イワノフに漢字を当てて「岩延平太」名義とすると、リビコフスキは「日本人に為れた」と深謝した。
 2人を親密にしたのは、一つには、リビコフスキ等ポーランド人が、日本に対して並々ならぬ好意を抱いて居た事があった。18世紀からロシアの侵略と圧政に苦しめられたポーランドは、そのロシアを日露戦争で打ち負かした日本を尊敬して居た。又、この戦争で、日本軍は望まずにロシア軍に従軍したポーランド人捕虜に寛容に接した。

 更に両国の距離を縮めたのが、ロシア革命後にシベリア出兵して居た日本軍が、ボルシェビキ(ソ連共産党の前身)に両親を惨殺されたポーランド孤児765名を救出した出来事だ。
 ポーランドの新聞は「日本人の親切を絶対に忘れては為ら無い。我々も彼等と同じ様に礼節と誇りを大切にする民族であるからだ」と伝え、ポーランド人は感謝の念を抱いた。日本も1919年の国交樹立後、ポーランドから暗号技術を学ぶ。
 そして1940年、カウナス領事館で杉原千畝領事代理が「命のビザ」を出して5000人を超えるユダヤ人を救ったが、その多くはポーランドから逃れたユダヤ人だった。

 こうした経緯でポーランドは日本を「大切なパートナー」と感じた。既に記したが、杉原は1939年の独ソ侵攻で祖国を逃れたリビコフスキに満州国パスポートを発給した。「命のビザ」の1年前で、杉原もリビコフスキ等亡命ポーランド政府の情報士官達と協力して諜報活動を行った。

 戦後も交わした100通近い往復書簡

 戦後、カナダ・モントリオールに移住したリビコフスキは、1970年に日本を訪れ小野寺と再会を果たす。その数年後、小野寺もカナダのリビコフスキを訪問した。2人は、1961年から1987年に小野寺が亡く為るまで、100通近くの往復書簡を交わした。
 手紙でリビコフスキは「マコトは自分の命の恩人だ。自分をドイツのゲシュタポから護って呉れたのはマコトだ」と、小野寺が体を張って守り通して呉れた感謝の気持ちを生涯、忘れる事は無かった。

 リビコフスキは遂に1944年3月31日、英国の首都ロンドンに移った。ドイツからの圧力に抗し切れず、同1月、スウェーデン政府が「秩序を乱して好ましく無い」と「ペルソナ・ノングラータ」(好ましからざる人物)として国外退去を命じたのだった。
 退去理由を小野寺は百合子夫人に「単に女の問題だ」と説明した。スウェーデン秘密警察調書によると、リビコフスキには70人の協力者が居て、大部分は恋愛関係と為った女性だった。男気有るリビコフスキに女性は魅了されたのだろう。反ナチスの女性を操り、ドイツにサボタージュや人間を媒介とした諜報活動の「ヒューミント」を仕掛けて居た。

 「ロンドンの亡命ポーランド情報部が入手した情報を駐在武官のフェリックス・ブルジェスクウィンスキーを経由して届ける」退去に当たり、リビコフスキは小野寺に約束。終戦迄約1年半、ロンドンから機密情報が送り届けた。ブルジェスクウィンスキーはリガで知遇を得た友人だった。
 バッキンガム宮殿に近いルーベンスホテルにあった、亡命政府陸軍参謀本部に登庁したリビコフスキは、ポーランド軍に復帰し、旅団長としてイタリア戦線に赴いた。代わって情報を送り続けたのは、上司の情報部長・スタニスロー・ガノ大佐だった。

 「今度は我々が日本を救う」と「至宝」提供

 中立条約を結んで居たソ連が対日参戦を決めたヤルタ密約情報も、1945年2月、このルートで提供された。小野寺の『回想録』によると、会談直後の2月半ば、午後8時から始まる夕食前だった。ブルジェスクウィンスキーの長男の少年が、螺旋階段を最上階5階まで駆け上がり、小野寺の自宅郵便受けに手紙を落とした。差出人はブルジェスクウィンスキーだった。
 「ソ連はドイツ降伏より、3カ月を準備期間として、対日参戦する」と書かれ、小野寺は直ちに中央(参謀本部次長あて)に打電した。

 ヤルタ密約に付いて、小野寺は旧陸軍将校の親睦組織の機関誌「偕行」(1986年4月号「将軍は語る」)で「ポーランド亡命政府の公式情報だった」と証言して居る。
 日本に取って敗戦を決定付ける近代史上最大級の情報は、ポーランドからすれば、長年の日本の厚意への「返礼」で「今度は我々が日本を救う」との思いの表れだった。小野寺の誠実な人柄を信用して、密約と云う「至宝」を惜しげも無く提供したのだった。
 ガノは、終戦後の1946年1月、イタリアのナポリから、日本に引き揚げる小野寺に、こんな心温まる言葉を手紙で贈った。

 「貴方は真のポーランドの友人です。長い間の協力と信頼に感謝して、もし帰国して新生日本の体制が貴方と合わ無ければ、どうか家族と共に、ポーランド亡命政府に身を寄せて下さい。ポーランドは経済的保障のみ為らず身体保護を喜んで行いたい」

 祖国をソ連に奪われ、共産化されたポーランドは、世界の誰よりもスターリニズムの恐怖を皮膚感覚で知って居た。「大切なパートナー」を同じ目に遭わせまいと密約を伝え、小野寺に「何かあったら俺達のところに来い」と伝えたのだ。
 不幸にもヤルタ密約の情報は、ソ連に傾斜する参謀本部の中枢で握り潰され、日本の政策を変えるに至ら無かった。しかし、それを齎してくれたポーランドの人達の熱い思い。そして、彼等から絶大な信頼を受けて情報を提供され、戦火の欧州で祖国を救うべく奔走した一人の誠実な日本人が居た事を誇りにしたい。


                つづく






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