2013年07月10日
個人の意志を阻む「人間の成長スパイラル一極主義」!\(^0^)/
私たちが18〜19歳の頃は、「若者は好きな事をして良い」、「やりたいことがあれば良い」、「若い人たちには夢があれば良い」という雰囲気が濃厚だったのですが、それから約十年後の今日、そんな台詞を言う人は一人もいません。
十年前と今日の日本を比較すると、時代はさらに暗転しています。
このブログでも繰り返し述べているように、
私が18〜19歳の時にやりたかったことは「正典主義の遂行」です。
作家になること、批評家になること、創価学会員であること、それ以前にまず、私の目的には「正典主義」の精神に則って、書籍や古映画DVD、音楽ソフト等々をコレクションすることが、人生の最初の計画に含まれていました。
私が発案したこの目的に強く影響され、それに追随しているのが、高校時代の元友人であり、今では犬猿の仲となった日本大学写真学科の香取勇進君(HN・アンダーソン)です。
彼には、私に対する対抗意識があり、彼自身の表現の意図を考えるよりも、私が到達するべき場所に、私よりも早く到達したい、
つまり、私の目的を先取りし、私の目的地に私よりも早く先回りすることの方が、彼の目的なのです(私のツイッターで、坂本龍一の動画をペーストした影響でしょうか? これは、准教授の振りをしてソファに腰かけている、フェイスブックの彼の写真を見ても明らかです)。
しかし、奇妙な事に、私の真似ばかりしている彼は、高校時代に本しか読んでいなかった私に対し、「アレは現実逃避だ」と仲間内で噂し合っていたような気がします。
ツイッターで更新が停止している落虚団さんにしても、私が創価学会の信仰を始めた動機に、「正典主義」の計画と精神があることが分かると、
すぐに、「それは、現実逃避だね」と指摘しましたが、
抑々、私は、18〜19歳の段階で、自分の死から人生を逆算した時に、本当にやりたかったことは、この「正典主義」以外になかったのです。
今頃になって、ヤフーの公式ニュースなどで、「自分の死から逆算して、人生を計画する」云々という記事が話題を集めているようですが、
私の場合は、17歳を過ぎた辺りから、仮に小説家になれなかったとしても、「正典主義」だけは絶対に貫こうという覚悟で、その後の人生について考えていたのです。
早い話が、作家以外の仕事をしていても、私はその生活において、「正典主義」を貫くのです。
仕事をするのは、「正典主義」を遂行するための資金を得るためで、決して、幸福な家庭を築いたり、車のローンを払ったり、育児に忙殺されるために働くのではありません。
現に学生時代に、三菱の下請け会社で毎朝、アルバイトをしている間も、私は頭の中で、「来月の給料で、次は何が買えるか?」とずっと考えていたものです。
タイプ2の友人(香取勇進)やタイプ3w4の先輩(落虚団)にとっては、タイプ4w5(私)のそういう生き方は、
「お前は、逃げているだけで大丈夫なのか?」、「それは、現実逃避なんじゃないのか?」という指摘に象徴されるように、非難に値するものだったのかも知れません。
しかし、そういうアナタ方は、中学高校時代は部活に熱中して、学業を終えたら就職し、やがて結婚し、子供を産み、育児の為に働くというのが、
いかなる人間の人生においても「幸福なのだ!」と主張する、「成長スパイラル一極主義」の盲信の徒と云えるのではないでしょうか?
野球やサッカーも大嫌いな私は、高校の部活動に励んだことは一度もなく、代わりに、護身術の道場に通っていましたが、これは趣味の問題です。
その時は、その道場で強くなれなかったとしても、成人した今では、その「強くなれなかった経験」を批判的に検討して、次のトレーニングに活かせば良いのです。
現に、今の私は、自宅でベンチプレスを持ち上げても、やはり、野球やサッカーなど、他のスポーツには興味がないままなのですね。
同じように、自分の死から逆算して、人生の計画を考える時に、
車が欲しいとか、子供が欲しい、幸福な家庭を築きたいというのも、畢竟、本人の趣味の問題です。
50〜60代で離婚歴のある男性というのは、社会に出ると、かなりいるものですが、
大抵の場合、その子供は、前妻が引き取っています。
これは、一家に、子供の数が5〜6人いても同様です。
世の中の大概の男は、育児になんか興味ありません。
離婚して、その子供を女房に預けた後は、自分がその子供の親だったことなんか、すぐに忘れてしまいます。
恋人が欲しいと嘆いている若い男性でも、やはり、女房が子供を産んだ後の事は考えていないか、仮に考えるとしても、不快なイメージで捉えている筈です。
つまり、男の大半は、性的欲望さえ満足させれば、その後の事なんか、どうだって良いわけです。
大家族スペシャルとか「ビッグダディ」とか、世の中のテレビ番組が騒いでいるのは、何とも馬鹿馬鹿しいですね。
独身貴族の方が、百数倍も良い身分であることに変わりはありません。
私は、そんなモノに一生、阻害されることなく、私自身の本来の目的としての「正典主義」を貫いて、自らの人生を全うしたい。
その為には、子供なんか邪魔です。
学生時代は部活に励み、その後は就職し、結婚し、育児に忙殺されるというのが、「人間の成長スパイラル」を一極主義にする世間の考え方なのだ、と捉えるならば、
私にとっての人間の成長とは、悪党になることです!
好きな事に励んでいる若者やニートを今頃になって批判している年配の高齢者たちの言い分とは、
「お前たちは、俺たちの身代わりになって働け! そして、俺たちを養ってくれ!」
等々と、奇声を上げているに過ぎません。
性善説でもなく、性悪説でもなく、
本質において、人間とは利己的な生き物であることをココで再確認しておきましょう(^^)