2021年02月08日
【短編エッセイ】『退路なき天国』。
ー目次ー
今日も避難勧告が発令された。
今月に入って3度目だ。
数ヶ月前に起きた軍事クーデターをきっかけに、
反政府軍の勢力はさらに勢いを増していた。
激化する攻撃の前に、国防軍は後退、
市街戦は避けられないところまで追い詰められていた。
僕たちは学校のような建物へ避難した。
玄関のある前庭側には、
政府軍の守備隊が横一列に防御陣を張った。
「ご安心ください、我々がお守りします」
圧倒的な劣勢でも、
彼らの言葉にひとときの安心感をもらった。
もうすぐ日が落ちる、
あたりはすっかり暗くなった。
今回の避難1日目は、
何事もなく終わるかと思われた。
突然、学校の外で銃声が鳴り響いた。
ゲリラ軍の奇襲だ。
銃声の数はどんどん増える。
前庭に陣取る守備隊と
激しい戦闘になったようだ。
ついに爆発音まで聞こえてきた。
僕はおそるおそる外の様子を見た。
守備隊が壊滅し、
右端にある玄関からは
ゲリラ軍が校舎内へなだれ込んできた。
僕は1階の長い廊下を必死で走った。
校舎の奥へ、奥へ。
突き当り近くの、とある教室へ逃げ込んだ。
僕は恐怖心を抑え、息をひそめた。
廊下を走るゲリラ軍の足音と、
何やら聞いたことのない言語の叫び声が轟く。
教室には誰もいなかった。
他の市民たちは逃げ切れただろうか。
それとも、彼らの手にかけられただろうか。
ゲリラたちの足音がやんだ。
僕は物陰から這い出て、
教室内の様子をうかがった。
すると、
誰もいないと思った教室に、
4羽のウサギたちが隠れていることに気づいた。
そうか、
この教室に避難したのは
僕1人じゃなかったんだな。
少しの安心感とともに、
僕はウサギたちを抱き寄せた。
ウサギたちは怯えていたが、
僕のことを怖がる様子はなかった。
人懐っこいウサギたちに、
しばし恐怖心から解放された気がした。
それも束の間、
廊下は再びゲリラ軍の足音で埋め尽くされた。
僕はウサギたちとともに、
教室の物陰に隠れた。
ウサギたちは怖がっていたが、
どうやら廊下の足音が気になるようだ。
1羽が突然、
好奇心に負けて物陰から飛び出した。
そして、
あろうことか教室の外に出てしまった。
「見つかったら、ウサギは殺される」
僕は恐怖心も忘れ、
廊下に出たウサギを抱きかかえると、
急いで教室の中へ戻った。
幸い、ゲリラに見つからずにすんだようだ。
「何とかこのウサギたちを逃がしてあげたい」
僕はなぜか、
自分の命などおかまいなしにそう思った。
この学校は小さな山のふもとに建っていた。
前庭は開けているが
教室の窓側はすぐにその山へつながっていた。
「そうだ、窓からこの子たちを逃がそう」
廊下にはまだ時おりゲリラ軍の足音が響く。
下手に窓を開ける現場が見つかったら命はない。
それでも僕は、意を決して教室の窓を開けた。
「さぁ、ここから山へお逃げ」
そう言いかけた僕は、
ウサギたちを放すことなく
窓を閉めるしかなかった。
窓の外には、
巨大なクマの群れが陣取っていたからだ。
廊下には反政府ゲリラ軍、
教室の外にはクマの群れ。
逃げられない。
僕とウサギたちの退路は完全にふさがれた。
「もうダメだ」
僕の頭の中は、この教室に
ゲリラ軍がなだれ込む未来でいっぱいになった。
完全に命を諦めた僕は、
むしろ清々しい気分になっていた。
これが”開き直り”か、
それとも”諦めの境地”というやつか。
そんな精神状態となった僕の頭に、
ふと、ある瞬間の景色が蘇った。
さっき
ウサギたちを逃がそうと
教室の窓を開けた瞬間の景色だ。
そういえば、
「巨大なクマたちは全員、眠っていた」
もし、クマたちが今も眠っていたら、
ウサギたちを逃がせるかも知れない。
僕はもう一度、窓の外を覗き込んだ。
クマたちは今も眠っている、
少なくとも、そう見える。
「いける、あとはもう賭けだ」
僕は、抱きかかえた4羽のウサギたちを
そっと窓の外へ放した。
クマを起こさないよう、静かに、静かに。
ウサギたちは、音を立てることもなく、
眠っているクマの群れを突破。
そのまま夜の山へ消えていった。
「よかった…」
僕はこれまでにない安堵感に、
その場で崩れ落ちた。
この学校はすでに
ゲリラ軍に占拠されただろうか。
もはや、生き残りは僕1人か、
それもすぐ「全滅」に上書きされるだろうか。
僕には相変わらず退路がない。
それなのに、この清々しさは何だろう?
まるで「天国」とやらへ行く時の気分を
先取りしたかのようだ。
大勢の足音が、この教室に近づいてきた。
ゲリラ軍による最後の残党狩りだろうか。
だけど僕には、
彼らの怒号と足音さえも、
心地よい音色に聞こえていた。
「ウサギたちは、無事に逃げたかなぁ」
心残りはそれだけだった。
そして、
僕はこの「最期の恍惚」が覚めないよう、
その場にゆっくり寝そべった。
ーーーーー完ーーーーー
※このお話は、僕が昨夜見た夢をアレンジ、
再構成したフィクションです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
- ゲリラ軍の奇襲、混乱する避難所
- 息を殺す教室、4羽のウサギとの出逢い
- このウサギたちを、逃がしてあげたい
- 退路なき潜伏、辿り着いた”諦めの境地”
- 覚めないでと願う、”最期の恍惚”
1.ゲリラ軍の奇襲、混乱する避難所
今日も避難勧告が発令された。
今月に入って3度目だ。
数ヶ月前に起きた軍事クーデターをきっかけに、
反政府軍の勢力はさらに勢いを増していた。
激化する攻撃の前に、国防軍は後退、
市街戦は避けられないところまで追い詰められていた。
僕たちは学校のような建物へ避難した。
玄関のある前庭側には、
政府軍の守備隊が横一列に防御陣を張った。
「ご安心ください、我々がお守りします」
圧倒的な劣勢でも、
彼らの言葉にひとときの安心感をもらった。
もうすぐ日が落ちる、
あたりはすっかり暗くなった。
今回の避難1日目は、
何事もなく終わるかと思われた。
突然、学校の外で銃声が鳴り響いた。
ゲリラ軍の奇襲だ。
銃声の数はどんどん増える。
前庭に陣取る守備隊と
激しい戦闘になったようだ。
ついに爆発音まで聞こえてきた。
僕はおそるおそる外の様子を見た。
守備隊が壊滅し、
右端にある玄関からは
ゲリラ軍が校舎内へなだれ込んできた。
僕は1階の長い廊下を必死で走った。
校舎の奥へ、奥へ。
突き当り近くの、とある教室へ逃げ込んだ。
僕は恐怖心を抑え、息をひそめた。
廊下を走るゲリラ軍の足音と、
何やら聞いたことのない言語の叫び声が轟く。
教室には誰もいなかった。
他の市民たちは逃げ切れただろうか。
それとも、彼らの手にかけられただろうか。
2.息を殺す教室、4羽のウサギとの出逢い
ゲリラたちの足音がやんだ。
僕は物陰から這い出て、
教室内の様子をうかがった。
すると、
誰もいないと思った教室に、
4羽のウサギたちが隠れていることに気づいた。
そうか、
この教室に避難したのは
僕1人じゃなかったんだな。
少しの安心感とともに、
僕はウサギたちを抱き寄せた。
ウサギたちは怯えていたが、
僕のことを怖がる様子はなかった。
人懐っこいウサギたちに、
しばし恐怖心から解放された気がした。
それも束の間、
廊下は再びゲリラ軍の足音で埋め尽くされた。
僕はウサギたちとともに、
教室の物陰に隠れた。
ウサギたちは怖がっていたが、
どうやら廊下の足音が気になるようだ。
1羽が突然、
好奇心に負けて物陰から飛び出した。
そして、
あろうことか教室の外に出てしまった。
「見つかったら、ウサギは殺される」
僕は恐怖心も忘れ、
廊下に出たウサギを抱きかかえると、
急いで教室の中へ戻った。
幸い、ゲリラに見つからずにすんだようだ。
3.このウサギたちを、逃がしてあげたい
「何とかこのウサギたちを逃がしてあげたい」
僕はなぜか、
自分の命などおかまいなしにそう思った。
この学校は小さな山のふもとに建っていた。
前庭は開けているが
教室の窓側はすぐにその山へつながっていた。
「そうだ、窓からこの子たちを逃がそう」
廊下にはまだ時おりゲリラ軍の足音が響く。
下手に窓を開ける現場が見つかったら命はない。
それでも僕は、意を決して教室の窓を開けた。
「さぁ、ここから山へお逃げ」
そう言いかけた僕は、
ウサギたちを放すことなく
窓を閉めるしかなかった。
窓の外には、
巨大なクマの群れが陣取っていたからだ。
廊下には反政府ゲリラ軍、
教室の外にはクマの群れ。
逃げられない。
僕とウサギたちの退路は完全にふさがれた。
「もうダメだ」
僕の頭の中は、この教室に
ゲリラ軍がなだれ込む未来でいっぱいになった。
4.退路なき潜伏、辿り着いた”諦めの境地”
完全に命を諦めた僕は、
むしろ清々しい気分になっていた。
これが”開き直り”か、
それとも”諦めの境地”というやつか。
そんな精神状態となった僕の頭に、
ふと、ある瞬間の景色が蘇った。
さっき
ウサギたちを逃がそうと
教室の窓を開けた瞬間の景色だ。
そういえば、
「巨大なクマたちは全員、眠っていた」
もし、クマたちが今も眠っていたら、
ウサギたちを逃がせるかも知れない。
僕はもう一度、窓の外を覗き込んだ。
クマたちは今も眠っている、
少なくとも、そう見える。
「いける、あとはもう賭けだ」
僕は、抱きかかえた4羽のウサギたちを
そっと窓の外へ放した。
クマを起こさないよう、静かに、静かに。
ウサギたちは、音を立てることもなく、
眠っているクマの群れを突破。
そのまま夜の山へ消えていった。
「よかった…」
僕はこれまでにない安堵感に、
その場で崩れ落ちた。
5.覚めないでと願う、”最期の恍惚”
この学校はすでに
ゲリラ軍に占拠されただろうか。
もはや、生き残りは僕1人か、
それもすぐ「全滅」に上書きされるだろうか。
僕には相変わらず退路がない。
それなのに、この清々しさは何だろう?
まるで「天国」とやらへ行く時の気分を
先取りしたかのようだ。
大勢の足音が、この教室に近づいてきた。
ゲリラ軍による最後の残党狩りだろうか。
だけど僕には、
彼らの怒号と足音さえも、
心地よい音色に聞こえていた。
「ウサギたちは、無事に逃げたかなぁ」
心残りはそれだけだった。
そして、
僕はこの「最期の恍惚」が覚めないよう、
その場にゆっくり寝そべった。
ーーーーー完ーーーーー
※このお話は、僕が昨夜見た夢をアレンジ、
再構成したフィクションです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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