2020年08月25日
【ノンフィクション怪談】『暗闇の追跡者』。
ーーーーー<p.m.10:30>ーーーーー
僕は残業でへとへとの身体を引きずり、
駐輪場へ向かった。
最後の力をふり絞り、
自転車をこいで帰路に着いた。
家路までの最短距離には、
あの街灯のない真っ暗な道がある。
怖いので、ふだんはその道を避け、
灯りのある道を通っている。
ただ、この時の僕は
とにかく早く帰って休みたかった。
「真っ暗だろうが、いつもの道だ。構うもんか」
そうつぶやき、暗闇を突っ切って帰ることにした。
ーーーーー<p.m.11:00頃>ーーーーー
今夜は月も出ていない。
街灯のないその道には、
ただ静寂と漆黒があるだけだった。
ふと気づくと。
暗がりの中、1台の自転車が
こちらに向かって進んでくる。
もちろん、誰が乗っているかは
まったくわからない。
「もういい、疲れた、早く帰りたい」
そんな思いから、
僕は気にも留めないまますれ違った。
その瞬間、
「何ジロジロ見とんじゃコラァ!!!」
たった今、すれ違った自転車の主が
僕の背後ですさまじい怒声をあげた。
真っ暗だった視界が、急に光に包まれた。
闇に消えようとしていた自転車のライトが、
こちらを向いているではないか。
僕はそこで初めて、叫び声の主の姿を見た。
だぼだぼのジャージ
おでこに上げたサングラス
金髪オールバック
金色の太いネックレス
言葉が悪くて申し訳ないが、いかにも
「悪ぶってるが悪党になりきれない小チンピラ」
という出で立ちだった。
が、
彼の血走った目は尋常ではない。
今にも殴りかかって来そうな剣幕だ。
身の危険を感じた次の瞬間、
「ビュッ!」
突然、黒い塊が飛んできた。
彼が自前のバッグを投げつけてきたのだ。
思えばこの時、
投げつけられたバッグをキャッチし、
そのまま逃亡したら、彼はどうしていたんだろう。
財布や身分証明はもとより、
もし凶器や白い粉が出てきたら…。
そんな妄想まで膨らんでしまう。
僕は間一髪のところで彼の炎のストレートをかわし、
必死で逃げた。
仕事でふらふらに疲れていたことなど
はるか昔の思い出に感じた。
あの時の僕はひょっとして、
自転車レースの世界記録を樹立したんじゃなかろうか。
そう錯覚するほどに、
僕の愛車は暗闇を切り裂き、疾走した。
「待てコラァ!!」
自慢の快速球をよけられた屈辱、
背を向けて逃げる獲物。
彼の狩猟本能に火を点けるには、
充分すぎる条件が整っていた。
背後から、激しく回転するペダル音が響く。
「●×△◆!!!!」
暗闇の自転車チェイスが続く中、
追跡者の罵声は止まらない。
が、僕もここで止まるわけにはいかなった。
捕まったら和平交渉では済まない。
武力衝突は不可避だろう。
僕の中に眠る野生の血が、そう訴えていた。
同時に、
「このレースに負けたくない」
そんな勝負師としての血も黙っちゃいない。
すさまじい恐怖の中、
熱い血潮が騒ぐ快感に、
どこか酔いしれる自分もいた。
ーーーーー<p.m.11:30>ーーーーー
僕はようやく、街灯のある道へ抜けた。
街灯のない、たった1区画が、
こんなに長く、そして熱く感じたのは初めてだ。
すぐ背後から繰り出される罵声が、
気づけばずいぶん小さくなっていた。
心なしか、息も絶え絶えなようにも聞こえる。
僕はまだまだ走れる。
スポーツをやっていてよかったと思った。
暗闇の自転車チェイスは、
僕の逃げ切りという形でなんとか難を逃れた。
自身の敗北を悟った追跡者は、
まだ灯りが届かない暗闇から、最後にこう叫んだ。
「ライトぐらい点けろや!!!」
?
?
僕はそこで、初めて気づいた。
自転車のライトを点け忘れていたことに。
パチンコに負けてイライラしていたのかと、
失礼ながら侮ってしまった彼は。
意外と、いい人だった。
恐怖の、それでいてどこか熱くなれた
暗闇の追跡劇には。
とんだオチが付いたところで幕を閉じた。
ーーーーーーーーーー
※このお話は、
僕の友人が語ってくれた実体験を
再現ドラマ風にアレンジしたノンフィクションです。
公開を快諾してくれた友人に、
この場を借りて感謝いたします。
僕は残業でへとへとの身体を引きずり、
駐輪場へ向かった。
最後の力をふり絞り、
自転車をこいで帰路に着いた。
家路までの最短距離には、
あの街灯のない真っ暗な道がある。
怖いので、ふだんはその道を避け、
灯りのある道を通っている。
ただ、この時の僕は
とにかく早く帰って休みたかった。
「真っ暗だろうが、いつもの道だ。構うもんか」
そうつぶやき、暗闇を突っ切って帰ることにした。
ーーーーー<p.m.11:00頃>ーーーーー
今夜は月も出ていない。
街灯のないその道には、
ただ静寂と漆黒があるだけだった。
ふと気づくと。
暗がりの中、1台の自転車が
こちらに向かって進んでくる。
もちろん、誰が乗っているかは
まったくわからない。
「もういい、疲れた、早く帰りたい」
そんな思いから、
僕は気にも留めないまますれ違った。
その瞬間、
「何ジロジロ見とんじゃコラァ!!!」
たった今、すれ違った自転車の主が
僕の背後ですさまじい怒声をあげた。
真っ暗だった視界が、急に光に包まれた。
闇に消えようとしていた自転車のライトが、
こちらを向いているではないか。
僕はそこで初めて、叫び声の主の姿を見た。
だぼだぼのジャージ
おでこに上げたサングラス
金髪オールバック
金色の太いネックレス
言葉が悪くて申し訳ないが、いかにも
「悪ぶってるが悪党になりきれない小チンピラ」
という出で立ちだった。
が、
彼の血走った目は尋常ではない。
今にも殴りかかって来そうな剣幕だ。
身の危険を感じた次の瞬間、
「ビュッ!」
突然、黒い塊が飛んできた。
彼が自前のバッグを投げつけてきたのだ。
思えばこの時、
投げつけられたバッグをキャッチし、
そのまま逃亡したら、彼はどうしていたんだろう。
財布や身分証明はもとより、
もし凶器や白い粉が出てきたら…。
そんな妄想まで膨らんでしまう。
僕は間一髪のところで彼の炎のストレートをかわし、
必死で逃げた。
仕事でふらふらに疲れていたことなど
はるか昔の思い出に感じた。
あの時の僕はひょっとして、
自転車レースの世界記録を樹立したんじゃなかろうか。
そう錯覚するほどに、
僕の愛車は暗闇を切り裂き、疾走した。
「待てコラァ!!」
自慢の快速球をよけられた屈辱、
背を向けて逃げる獲物。
彼の狩猟本能に火を点けるには、
充分すぎる条件が整っていた。
背後から、激しく回転するペダル音が響く。
「●×△◆!!!!」
暗闇の自転車チェイスが続く中、
追跡者の罵声は止まらない。
が、僕もここで止まるわけにはいかなった。
捕まったら和平交渉では済まない。
武力衝突は不可避だろう。
僕の中に眠る野生の血が、そう訴えていた。
同時に、
「このレースに負けたくない」
そんな勝負師としての血も黙っちゃいない。
すさまじい恐怖の中、
熱い血潮が騒ぐ快感に、
どこか酔いしれる自分もいた。
ーーーーー<p.m.11:30>ーーーーー
僕はようやく、街灯のある道へ抜けた。
街灯のない、たった1区画が、
こんなに長く、そして熱く感じたのは初めてだ。
すぐ背後から繰り出される罵声が、
気づけばずいぶん小さくなっていた。
心なしか、息も絶え絶えなようにも聞こえる。
僕はまだまだ走れる。
スポーツをやっていてよかったと思った。
暗闇の自転車チェイスは、
僕の逃げ切りという形でなんとか難を逃れた。
自身の敗北を悟った追跡者は、
まだ灯りが届かない暗闇から、最後にこう叫んだ。
「ライトぐらい点けろや!!!」
?
?
僕はそこで、初めて気づいた。
自転車のライトを点け忘れていたことに。
パチンコに負けてイライラしていたのかと、
失礼ながら侮ってしまった彼は。
意外と、いい人だった。
恐怖の、それでいてどこか熱くなれた
暗闇の追跡劇には。
とんだオチが付いたところで幕を閉じた。
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※このお話は、
僕の友人が語ってくれた実体験を
再現ドラマ風にアレンジしたノンフィクションです。
公開を快諾してくれた友人に、
この場を借りて感謝いたします。
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