2024年02月13日
【短編小説】『国教「頑張れ教」』2
⇒【第1話:”頑張れ教”信者たち】からの続き
<登場人物>
◎皆川 泉恵織(みながわ いえり)
主人公、23歳
◎新道 友暖(しんどう ゆの)
泉恵織の会社の先輩、25歳
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【第2話:理由のない涙】
23歳になった泉恵織は大学を卒業し、
とある会社で働いていました。
社会人1年目、連日の残業でくたくたです。
それでも彼女は
希望していた業界で働けるとあって、
とにかく仕事を”がんばって”いました。
友暖
『泉恵織おつかれ、はいコーヒー。』
泉恵織
『友暖さん、いつもありがとうございます。』
同じ部署の先輩である新道 友暖は、
新人の泉恵織をいつも気にかけてくれました。
がんばりやの泉恵織は、
自身のキャパシティを超えた仕事量を抱えがちでした。
それに一早く気づいた友暖は、
よく泉恵織の仕事の一部を引き取っていました。
友暖
『これとこれは私に回して。すぐ終わるから。』
泉恵織
「ありがとうございます、いいんですか?こんなに。」
友暖
『あんたが抱え過ぎなだけ。』
『終わらないなら誰かに手伝ってもらえばいいの。』
泉恵織
「そうですが…私は新人ですし、がんばらないと。」
友暖
『まったくもう…。』
(ほんと、昔の私をそのまま見てるみたい…。)
泉恵織
「友暖さんはすごいですよね。」
「私の分まで仕事してるのに、いつも定時上がりで。」
友暖
『慣れてるだけよ。』
『それに私、そこまでがんばらないって決めてるの。』
泉恵織
「がんばらないんですか?!」
「それって大丈夫なんでしょうか…?」
友暖
『大丈夫って何が?』
泉恵織
「その…みんながんばってるのに、とか…。」
「怠けてるとか、甘えてるとか思われないかなって…。」
友暖
『ああ、いいのいいの。』
『他人にどう思われようと、私は健康第一だから。』
『ほどほどにやって、ゆるく楽しく生きていればいいのよ。』
がんばらなくていい?
他人にどう思われてもいい?健康第一?
この時の泉恵織には理解できませんでした。
今までの泉恵織の周りには、
友暖みたいな”ゆるい人”がいなかったからです。
きっと友暖さんも、
新人の頃は私以上にがんばったに違いない。
こんなに仕事ができるんだもん。
きっと私以上に残業して、たくさん仕事を引き受けて…。
だから私はもっとがんばろう!
そう思い込んだ泉恵織にとって、
しんどい日々が半年続きました。
ーー
ある日、
泉恵織は仕事で大きめのミスをしてしまい、
上司からキツく𠮟られました。
友暖は泉恵織を励ますため、
強引に食事に連れて行ってくれました。
泉恵織は少し救われましたが、
今回はショックが大き過ぎました。
『がんばりが足りないからこんなミスをするんだ!』
という上司の一言が、泉恵織の心に突き刺さったのです。
泉恵織はミスを取り返すため、
毎日深夜まで仕事をがんばりました。
ある日の深夜0時すぎ。
泉恵織は何とか終電に駆け込み、
アパートまでの夜道を歩いていました。
泉恵織
「ハァ…今日もどうにか終電に乗れた…。」
「さすがに仕事キツくなってきたなぁ…。」
「けど、ずっと希望していた業界で働けてるんだ。」
「ミスだって、私のがんばりが足りなかったから!」
その時、泉恵織の心に
いつもとは違う人物の声が浮かんできました。
?
(辞めたいな…助けてほしいな…。)
泉恵織
「…誰の声…?」
「いつもは『がんばれがんばれ』って聞こえるのに…。」
「いやいや!そんなこと考えちゃダメ!」
「私、もっとがんばるんだから!」
?
(せめて、少しでも私の気持ちをわかってほしいな…。)
(弱音…吐いてもいいかな…?)
泉恵織
「…聞こえない!聞こえないんだから!」
「でも…ちょっとだけなら…。」
翌日、泉恵織はワラをも掴む思いで
実家の父親にメッセージを送りました。
仕事が辛いこと、精神的に疲れていること、
助けてほしいことを訴えました。
泉恵織の父親は仕事人間でした。
毎日、朝早くに出勤し、帰ってくるのは深夜。
たまに顔を合わせれば、
テストの成績のことで𠮟られてきました。
そんな父親だって、
社会人になりたての頃は大変だったはず。
だから、少しは私の気持ちを理解してくれるはず。
泉恵織にはそんな淡い期待がありました。
ですが、父親から返ってきたメッセージは、
あまりに辛辣でした…。
-----泉恵織の父からのメッセージ-----
まだ1年も働いていないくせに
何を甘ったれたことを言っているんだ。
お前は社会をナメている。
学生気分が抜けていない証拠だ。
石の上にも3年と言うだろう?
社会人たるもの最低3年間は耐えて当たり前だ。
それすらできていない者に
「辞めたい」などと口にする資格はない。
仕事が終わらないのも、ミスの件も、
お前のがんばりが足りないだけだろう?
お前より仕事ができる社員はもっとがんばっている。
「辞めたい」など、
そいつらよりがんばって
結果を出せるようになってから言え。
-----
泉恵織は、そっとメッセージを閉じました。
親は味方になってくれない、退路がない。
彼女はその現実から目を逸らすように、
何度もつぶやきました。
泉恵織
「…もっと”がんばらなきゃ”…もっと…。」
ポロ、ポロ…
泉恵織
「悲しくなんかないよ?」
「私のがんばりが足りないだけ。」
「私が甘えているだけ…。」
「あなたが出てくる理由なんてないよ?」
「なのにどうしてあふれてくるの?ねぇ…。」
涙さん…?
⇒【第3話:Karoshiの悪魔】へ続く
⇒この小説のPV
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