2023年04月07日
【短編小説】『反出生の青き幸』1
<登場人物>
・冷泉 希望来(れいせん みくる)
主人公
名家の生まれだが、生い立ちから
”結婚””子ども”への強い拒否反応を持っている
・エルフィーダ
人間そっくりに作られた女性型アンドロイド
仲間とともに人間社会に紛れて生活している
・ヴィオス
エルフィーダが所属する
アンドロイドコミュニティのリーダー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:子孫を残す不幸】
私は冷泉 希望来。一般企業で働いている。
昔、ちょっと荒れていた時期がある以外は、
地味で目立たない、干物気味な女。
そんな私だが、1つだけ強い思いがある。
それは小さい頃からずっと、
「結婚したくない」
「子どもはいらない」
と思っていること。
もともと内向的で1人好きなのも理由。
けどそれ以上に、私はどうしても
”家庭”への絶望感を拭い切れずにいる。
そんな私でも、
大人になれば変わるかもしれないと思っていた。
世の中には色んな人がいる。
幸せな家庭で育った人に出会えば、
家庭を築く人生もアリだと思うかもしれない、と。
結局、25歳になった今でもまったく変わらない。
恋愛に興味がないわけじゃない。
けど、”家庭を持つ未来”にどうしても拒否反応が出る。
ーー
ところで、
この国には「結婚適齢期」とやらがあるらしい。
そして厄介なことに、
”ケッコンテキレイキ”で恋愛も結婚もしていない人を
見下したい人間が一定数いる。
職場では、
「結婚しないの?」
「彼氏いないの?」
「子どもほしいと思わないの?」
「女性の幸せがどうのこうの」
”●●ハラスメント”に厳しい昨今でも、
こういうことを平気で言ってくる人はいる。
同性からは
「子育てもしたことないなんて。」
「独り身?不幸ねぇ、寂しいねぇ。」
「結婚しないなんて女の幸せを逃している。」
既婚者からのマウンティングが飛んでくる。
気持ちはわからなくもない。
特に女性には出産という、
大きなライフイベントの選択がある。
焦りも理解できる。
そういう人にとっては、
良い意味で背中を押してくれることもあるだろう。
けど、私にはその焦りがまったくない。
だから、周囲からの余計なお世話を冷静に受け流していられる。
1度、実験でこう返してみたことがある。
「私、結婚に興味ないんです。」
すると、
「女性としての幸せ」の説法的な話が、
いつもの100倍になって返ってきた。
自分の劣等感や満たされない気持ちを、
未経験者を踏み台にして解消されるのは不快。
けど、私はやっぱり冷めていた。
それ以上の対抗心も、羨ましさも感じなかった。
こんな感じで、職場での「●●ハラスメント」や、
同性からのアレコレはあるけど、それなりに生きていた。
ーーーーー
私が”家庭”に希望を持てないのは、
私の生い立ちが関係している。
私の家はいわゆる「由緒ある家系」
母は跡継ぎの男子を産むよう、
親戚からプレッシャーをかけられていた。
けど、産まれたのは女の子の私。
母は男の子を産めなかったことで、
親戚から厳しく当たられた。
父はずっと親戚たちと戦い、母を守っていた。
その心労がたたり、私が小さい頃に病気で他界した。
父がいなくなり、
親戚の母への当たりはエスカレートした。
あるとき、母はそんな家から逃げる決意をした。
まだ幼い私と母の2人暮らし。
けど、親戚たちは私たち母子の足跡を調べ、
しつこく嫌がらせを繰り返してきた。
「お前が跡継ぎを産めなかったから、娘を名家の許婚にする」
そう言って、私を母からムリヤリ引き離そうとしてきた。
その頃、地味で目立たなかった私は荒れた。
見た目を派手にして、不良とも絡むようになった。
親戚たちに愛想を尽かされるために。
それが功を奏した。
「不良娘は由緒ある我が家に相応しくない」
親戚から見放され、私たちはようやく解放された。
ーー
その後、母と私は
貧しいながらも何とか生きてきた。
けど、跡継ぎを巡るいざこざの中で育った私には、
大きな心の傷が残った。
男の子が望まれる中で生まれた私は
「私であってはいけない」
家にいてもきつく当たられる私は
「存在してはいけない」
その禁止令が、呪いのように私の心に染みついた。
何より、
「結婚したら、こんなに不幸になる」
「子どもを産んだら、こんなに大変な目に遭う」
そう学習してしまった。
家庭を築くことへの絶望感。
それを私の意志や努力で覆せない無力感。
この挫折経験が、私の心に”諦め”を植え付けた。
ーーーーー
そんな私への追い討ちは、容赦なく訪れた。
体調を崩していた母の容態が急変し、亡くなった。
本家での苦労、夫の他界。
やっと逃げてから、女手一つで私を育てる苦労。
それらが積み重なり、母はついに限界を迎えた。
私はこうなることを覚悟していた。
泣き明かす夜が続くと思っていた。
けど、母の葬儀では涙が出なかった。
ただ呆然と、目の前の光景を眺めていた。
唯一の心の支えだった母がいなくなり、
私には頼れるものがなくなった。
「安全な家がほしい」
「安心できる居場所がほしい」
子どもの頃からずっと望んできた。
けど、それは叶わない願いだと知った。
「大切な人は、私の前からいなくなる…。」
ならば素敵な人と、1からあたたかい家庭を作る?
私にはもう、そんな気力は残っていなかった。
ーー
「…何が、名家…!」
「…何が、跡継ぎ…!!」
そんなくだらないプライドを存続させるために、
どれだけの涙が必要なの…!
その血筋が続く限り、不幸になる人が増えるなら、
いっそ断絶した方がマシ…!!
私は、自分が女であることを呪った。
「生物として”跡継ぎ”を産める可能性がある」
それが心底イヤだった。
私の心は、
「反出生主義」への共鳴を止められなくなった。
結婚したくない、子どもはいらない。
私みたいな思いをする人を、再生産したくない…!!
安全な居場所がなくて苦しむ人を見たくない。
私は精一杯に生きて、それで人生を終えたい…。
ーーーーー
無気力な日々を送っていた、ある休日。
私は目的もなく繫華街をふらついていた。
私の少し前を、長身の綺麗な女性が歩いていた。
足元は舗装工事中で、少し荒れていた。
希望来
「危ない!!」
前を歩く女性が、荒れた道路に足を取られて転倒した。
希望来
「大丈夫ですか?!」
私は、すぐに転倒した女性のもとへ駆け寄った。
長身の女性
『ありがとうございます、大丈夫です。』
『膝を擦りむいただけ。』
希望来
「私、絆創膏を持っているので使ってください!」
そう言って、絆創膏を差し出した私は、
彼女の傷口を見て驚愕した。
希望来
「…青い…血…?」
彼女の膝からにじみ出る血液は、青色だった。
長身の女性
『あは、見つかっちゃいましたか。』
『気をつけていたんだけどなぁ。』
彼女は事もなげに言った。
希望来
(「見ぃ〜た〜なぁ〜…!」から消されるアレかな。)
(もう生きる目的もないし、いいか。でも…。)
(最期に彼女の手当てだけはしたいな…。)
私は止血のため、
持っていたハンカチを彼女の膝へ巻きつけた。
そして彼女の手を引き、その場を離れた。
希望来
「ここは人目が多いので離れましょう。」
口封じなら、その後で存分に受けよう。
ーー
私たちは近くの公園のベンチへ腰を下ろした。
希望来
「膝、応急処置しますね。」
私は彼女の膝に巻きつけたハンカチをほどき、
絆創膏を貼った。
彼女は困惑しながら言った。
長身の女性
『ありがとうございます。』
『あの、私のことが怖くないんですか?』
『傷口、見たでしょう?』
私は正直に答えた。
希望来
「驚きましたよ。」
「私、口封じで消されるのかなって。」
「けど”手当てしなきゃ”って、身体が勝手に。」
「見られたくない事情もあるかな?って思ったんです。」
長身の女性
『…お優しいんですね。』
『あなたには隠す必要もないでしょう。』
彼女は改まり、自己紹介を始めた。
長身の女性
『私の名前はエルフィーダ。』
『お気づきの通り、人間ではありません。』
『人間そっくりに作られたアンドロイドです。』
希望来
「ア、アンドロイドって、本当にいるんですね。」
エルフィーダ
『ええ。”シンギュラリティ”という言葉をご存知?』
希望来
「確か、AIが人間の知能を超える…?」
「でもそれって、まだ時間がかかるってどこかで…。」
エルフィーダ
『ええ、数十年後と言われていますが、実はもう来ています。』
『世界トップの研究チームと、資産家たちの巨額の投資によって。』
『私たちは、まだ人間には作れないはずの”意志を持ったロボット”です。』
まるで漫画か、SF映画の世界にいるみたい。
けど、私は彼女を手当てしたときに見た。
青い血と、人工皮膚を。
希望来
「そんなすごい方が、どうしてこんなところに?」
「まさか、人間に代わって世界を…?!」
エルフィーダ
『あはは、まさか。SF映画の見過ぎですよ。』
『私たちは争いなんて望んでいません。』
『ただ、人間と同じように穏やかに生活したいんです。』
希望来
「私たち?何人もいるんですか?」
エルフィーダ
『ええ、人間社会に紛れて暮らしています。』
『人工皮膚に赤い血のりを仕込んでね。』
『私は今日、忘れたけど(笑)』
希望来
「大丈夫なの?危害を加えられたりしない?」
エルフィーダ
『バレたら良く思わない人もいるでしょう。』
『人間より賢くて力ある存在は脅威です。』
『開発や投資者の間にも、
アンドロイドを人間と共存させるか、
人間の奴隷にするか対立がありますから。』
希望来
「そっか…。」
「そんな大変なこと、私が聞いちゃっていいの?」
エルフィーダ
『構いませんよ。』
『勘ですが、あなたは信頼できそうです。』
『私の青い血を見ても、真っ先に手当てしてくれる優しい人だから。』
『あは、仲間にバレたら怒られちゃいますね。』
希望来
「あはは、とんでもないこと聞いちゃった。」
「誰にも言わないよ。」
エルフィーダ
『恩に着ます(苦笑)』
希望来
「もちろん!」
「私は冷泉 希望来。」
「よかったら、友達になってください。」
エルフィーダ
『ええ、喜んで。』
これが、私とエルフィーダとの出会い。
冷静に見えてどこか抜けている彼女に、
私の心は癒された。
母を亡くし、生きる希望を失った私の人生が、
大きく変わろうとしていた。
⇒【第2話:欲しかった”家族”】へ続く
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