高千穂地方の神蹟と稱するもの: 日向國史を読む

2021年02月03日

高千穂地方の神蹟と稱するもの

第三章　天孫降臨
　第三節　高千穂ノ峯の傳説地
　　私按、高千穂地方に於ける數多の神蹟と稱するものに就きて
高千穂地方の神蹟と稱するもの
今の西臼杵郡なる高千穂の地には、數多の神蹟と稱するものを傳ふ。
曰く高天原、曰く天の岩戸、曰く天の眞名井、曰く天の香久山、曰く天の浮橋、曰く何、曰く何と。
殆ど記紀神代巻に見ゆるあらゆる神蹟を具備せざるなし。
斯くの如きは、思ふに皆近き世の唱道にかかるものならんか。
彼の一宮巡詣記には、

五日（延寶三年九月）高千穂十社大明神へ詣で、三田井（三代）の町に留る。
六日二上山へのぼる。
二神(ふたかみ)大明神を拝み、それよりちぢが岩屋へ至る。
此所は神代の皆二柱の神、子だね生み給ふのよし、所に傳へたる釣針の書と云文に見え侍る。
三代(みだい)村の内槵觸が峯、神代(くましろ)（熊白とも）の井、何れもいはれあるよし。

と見えたり。
其の謂ふところ一も高天原の神蹟に關するものなし。
千々の岩屋を言ひて、天の岩戸を言はず、神代の井の名ありて、天の眞名井の名を説かず、以て他を想像すべきなり。
之を單に常識に訴ふるも、既に天孫高天原より此の地に降臨し給へりといふ以上、高天原は此の地ならざるは明かなり。
其の之を高天原なりといふは勿論、天の眞名井、天の香久山等、等、所謂高天原に於ける神蹟の此の地に存すべからざるは言ふまでもなし。
蓋し高千穂の域、天孫降臨の古傳説あるが故に、延寶以前既に種々の神蹟を附會したるものあり、其の後更に附會を重ねて、神書に傳ふる高天原の神蹟をも唱道するに至りしものなるべし。
されど斯くの如きは、畢竟此の古傳説地を一層神聖ならしめんとして、却って自ら己れを害ふものなりと謂はざるべからず。
或はいふ天孫高天原より此の地に降臨し給ひ、其の祖國を偲び給うあまりに、其の名蹟を此の地に摸(うつ)し給へるならんと。
彼の上代歴世帝都の地たりし大和平和に於て、種々高天原に於ける神蹟と同様の地名を存する、以て例とすべし。
然れども此の地神蹟と稱するもの餘りに多く、殆ど送迎に遑なき程なるが爲に、却って識者の心證を害し、世人をして其の眞の古傳説地たることをすらも否認せしめんとするに至る。
惜まざるべんや。

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