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2021年06月07日
イジメを撃退する念彼観音力 L 呪詛諸毒薬(しゅーそーしょーどくやく)
しゅーそー しょーどくやく しょーよくがいしんしゃー ねんぴーかんのんりき げんじゃく おー ほんにん
通常の解釈
呪詛諸々の毒薬に身を害せんと欲せられんもの
彼の観音の力を念ぜば還って本人に著(つ)きなん
あるいは呪詛、種々の毒薬などの邪悪な鬼法に身を害されようとする時でも、
念彼観音力、その害は鬼法を用いる人に返ります。
参考文献のリンク
優婆塞優婆夷(いじめられっ子)のあなたへ
散々イジメられ、あなたはなにを思うでしょう?
最近、このブログのお蔭でイジメを退散できたと言う人がいれば幸甚の至りです。
自らをイジメる張本人、それを傍観し助けてもくれない、周りの人々、或は先生や、上司など。
憎しみは心の中に満ち溢れ、最初はただ一人への憎しみが、その周りの脇役からエキストラにまで広がり、何とかならないものか?この圧倒的な、暴力の差を埋めるには、彼らを呪うしかない。となってきます。
この節の解釈では、あなたが呪われ、(あなたをイジメている人は、すでにあなたを呪っている状態です。)しかし、それは相手方に返るという解釈になっています。
しかし、私の解釈では、あと二つあります。
第一に、あなたが相手を呪おうと思い、呪詛を行えば、それは結局あなたに帰ってきますよということです。それは観音様は許しませんよ、という事です。
第二に、呪いや憎しみの感情を捨て、観世音菩薩の名を念ずれば、相手と自分と、互いに発生しあっている毒は胡散し、発した本人に帰り静かに収まるということです。
呪いとは、憎しむこと、毛嫌いすること、全て含まれます。総じて呪詛です。
呼び名は程度の違いです。
呪い、呪詛は、以前私もやったことがあります。それで仏教を知ったのです。
ある呪いには、般若心経を使った呪いがありました。しかし、それがお蔭で私は般若心経を諳んじて写経が出来るようになりました。
観世音菩薩普門品を唱える呪いもありました。
仏教には、多くの呪詛、呪術的要素があり、面白いことに、それをマスターすればマスターするほど、仏教に詳しくなり、気が付けば仏教徒である自分を意識するのです。
10人を呪うより、自らを、真言、お経で清めた方が遙かに効率的だということに気付くのです。
よく、「人を呪えば穴二つ」などと言います。これは相手を、呪詛で亡き者にできる代わりに、あなたの墓穴も掘ることになりますよ、と言う意味です。
私の体験から言えば、「人を呪えば穴二つ」とは、つまり、二つの道筋が出来ますということです。
ひとつは、呪術者として成功する道であり、もう一つは仏教に帰依する道です。
呪詛に必要な、蝋燭やら、お香やら、花やら、そういうものは全て仏教でも必要なものです。お釈迦さまは呪術を禁じました。それでも、やると言って出ていくものには、実際にやらせてみて、気が付けばまたお釈迦様の所に帰ってくる方便を使うしかないじゃないですか? 仏教にコントロールされた呪詛が必要です。
このことを、身をもって知り、観世音菩薩普門品の中にこの一節を見つけた時、未だその頃はせっせと、呪詛をしていましたので、水戸黄門の印籠、東山の金さんの入れ墨云々、悪徳呪術者、声聞は、ただひれ伏すしかありませんでした。こんなことまでこのお経は語っているのか?と。
では、仮に呪術者になり、思い通りに人を呪ったとして、幸せなのでしょうか?もしそれが出来たら、そういう神通力を持ったとしたら、あなたは神になれますか?絶対的な正義の味方とはなんでしょうか?絶対的神通力者、絶対的権力者とは、つまり、その力を正しく使えるものの筈です。そんな人は、弱い人間が、自らに汚い言葉を吐いたとして、それを恨み、ねちねちと、自らの力を誇示するようなことはしません。
このことは、次回でもっと深めて話しますが、我々は凡人で、仏教に帰依し、弱者で、観世音菩薩の名前を唱え、常にその神通力に救われた方が、幸せだという事です。
呪いは、何も解決しない。これはほぼ間違いないことです。
また、日本では、実際に呪いを行えば、そこには仏教が立ちはだかります。
まあ、黒魔術というのもあります。「エコエコアザラク」とか「魔太郎」とかご存知ですか?
キリスト教にも同じような教えがある筈です。
でも同じキリスト教を信じている者同士で殺し合い、肌の色で差別し、大して肌の色が違わない民族同士でも差別しているのですから、不思議です。
「汝の敵を愛せよ」 『新約聖書』マタイによる福音書第五章・ルカによる福音書第六章
あなたをイジメルという行為は、あなたを呪っていることと同じことだという事を覚えていてください。
あなたを無視するという行為は、あなたを呪っていることと同じことだという事を覚えていてください。
あなたを毛嫌いするという行為は、あなたを呪っていることと同じことだという事を覚えていてください。
呪いとは、真夜中に寺社の参道近くの大木に、藁人形を五寸釘で打ち付けるだけではありません。
毎日、みんながやっていることです。
憎しみ、嫌い、軽蔑し、手軽に毎日やっているじゃありませんか?
念彼観音力、こうした毒はたちどころに消散するのです。
声聞バージョン
呪憎嫌軽蔑 自他千億毒 念彼観音力 投地向世尊
じゅーぞう けん けいべつ じーたーせんおくどく
ねんぴーかんのんりき とうちこうせーそん
呪い、嫌い、憎み、軽蔑する感情が渦巻き、人は千億の毒を吐きます。
そんな時にかの観音様の名を念ずれば、皆、世尊(お釈迦様)の前にひれ伏し、
毒は忽ち消えて無くなります。
合掌
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