2021年01月22日
江戸川乱歩「生腕」本文vol,2(全8記事)
「一寸法師」生腕VOL,2
十歳ぐらいの子供の胴体の上に、借り物のような立派やかなおとなの顔がのっかっていた。それが生人形のようにすまし込んで彼を見返しているのだ。はなはだ滑稽にも奇怪にも感じられた。
彼はそんなにジロジロながめては悪いような気がした。それにいくらかこわくもあったので、なにげなく歩き出した。振り返って見るのもはばかられた。
それから、彼はいつものように、広っぱから広っぱへと歩き廻った。気候がいいので、どこのベンチもふさがっていた。たいていは一つのベンチを一人で占領して、洗いざらしたはっぴ姿などが、長々と横たわっていた。
中にはもういびきをかいて、泥のように熟睡しているものもあった。初心の浮浪人は巡査の目を恐れてベンチを避け、鉄柵の中の暗い茂みを寝床にしていた。
その間を奇怪な散歩者が歩くのだった。寝床を探す浮浪人、刑事、サーベルをガチャガチャいわせて、三十分ごとに巡回する制服巡査、紋三と同じような猟奇者などがそのおもなものであったが、ほかにそれらのいずれにも属しない一種異様の人種があった。
彼らはちょっとその辺のベンチに腰をおろしたかと思うと、じきに立ち上がって同じ道をいくどとなく往復した。そして木立のあいだの暗い細道などでほかの散歩者に出会うと、意味ありげに相手の顔をのぞきこんで見たり、自分でもそれを持っているくせに、相手のマッチを借りてみたりした。
彼らはきわめてきれいに髭をそって、つるつるした顔をしていた。縞の着物に角帯などしめているのが多かった。紋三は以前からこれらの人物に一種の興味を感じていた。
どうかして正体をつきとめたいと思った。彼らのあるきっぷりなどから、あることを想像しないでもなかったが、それにしては、みな三十、四十のきたならしい年寄りなのが変だった。
屋根付きの東屋風の共同ベンチのそばを通りかかると、その奥の暗いところで喧嘩らしい人声がした。この公園の浮浪人どもは存外意気地なしで、あぶなげがないと考えていた紋三は、ちょっと意外な気がした。
で、やや逃げ腰になりながら、すかして見ると、それはやっぱり喧嘩ではなく、一人の洋服姿の紳士が警察官に引きすえられているのだった。
二こと三ことどなっているうちに、紳士はなんなく腰縄をかけられてしまった。二人はむごんのまま仲良く押し並んで鋼板の方へ歩いて行った。紳士は、でも、歩きながら春外套で縄を隠していた。
真っ暗な公園には彼らの跡を追う野次馬もいなかった。同じベンチに一人の労働者風の男が、何事もなかったかのように、ぼんやりと考え事をしていた。
紋三は不規則な石段をあがって、ある丘に出た。まばらな木立にかこまれた十坪ほどの平らな部分に、三、四脚のベンチが並んで、そこにポツリポツリと銅像か何かのように、三人の無言の休息者が点在していた。
ときどき赤く煙草の火が光るばかりで、だれも動かなかった。紋三は勇気を出して、そのうちの一つのベンチへ腰をおろした。
引用書籍
江戸川乱歩「一寸法師」講談社刊
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