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2017年09月11日

1年生の難しさ

『学び合い』を1年生で実施するかどうか。
非常に悩ましいところです。
なにせ、つい最近まで幼稚園に通っていた子たちですから。
小学生の基礎基本も身につけていない子を、『学び合い』させてもいいのでしょうか?

答えは、きっと「YES」です…。
なにせ、私が経験したことがないので歯切れが悪いです。
しかし、変に人間関係が凝り固まってしまった高学年よりは、むしろやりやすいかもしれません。
1年生は柔軟ですから、「全員が達成できるようにするんだよ。」という言葉がストレートに入っていくと思います。
無邪気に教え回る1年生の姿が想像できませんか?
子どもは私たちが思っている以上に優秀です。
変に心配しすぎず、任せてみるのもいいかもしれませんね。

注意点
ただ、気をつけることは、保護者への説明責任があるということです。
保護者の目からすると、やはり『学び合い』はかなりの異質な存在です。
当然、一斉授業で丁寧に授業を進めてもらうのを期待しています。
だから、いきなり『学び合い』を始めると、相当な反発が予想されます。
だから、したたかに事を進めるべきです。
例えば、学級通信でお知らせするという方法です。
こちらの思いや、なぜ『学び合い』なのかという理由を丁寧に伝えれば、かなりハードルは下がってくると思います。
『学び合い』の根底にあるのは、誰一人例外なく見捨てないということですから。
その言葉を聞いて、否定する保護者はほぼいないと思います。
あとは、子どもたちが手応えを感じられるかどうかですよね。
つまらない、嫌な思いをした、逆にわからなくなった、などという言葉が出てき始めると思い切って引き下がるべきでしょう。
楽しい、もっとしたい、明日の授業が待ち遠しい、などという反応が返ってくればこっちのものですよね。
『学び合い』の主役は子どもですから、子どもがどう感じているかは常に見取っていかなければいけませんね。
もう一度言います。
主役は子どもです。

最後に結論!
『学び合い』は、1年生でもできる…はず!



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2017年09月08日

評価について

教えてください。
すごくすごく悩んでいます。
評価について。

アクティブ・ラーニングを意識した授業をすることで、子どもが主体的に取り組むようになりました。
私の場合は、主に『学び合い』です。
同僚も、『学び合い』ではないですが、様々な工夫を凝らし、アクティブ・ラーニングに取り組んでいます。
学校全体として、今までとの違いを出そうという雰囲気を出し始めています。
そこで、次のステップに行く上で、大きな問題な直面します。
それが評価問題。

私は、評価が嫌いです。
一人一人が素晴らしい存在なはずなのに、こちらが決めた価値観によって子どもの優劣を決めてしまう。
それがすごく嫌です。
すごくいい面があるのに、こちらがその価値観を評価の対象に入れないために、成績として反映されない。
それがすごく歯痒いです。
(もちろん、責任はありますから、きっちりとつけますよ。)
嫌だからこそ、公平につけてあげたいと常日頃から思っています。

評価に関していつも議論になるのは、何をもって評価するのかということです。
アクティブ・ラーニングで言えば、
@主体的に対話的に活動している姿
A活動後の成果物
のどちらを評価するべきなのでしょうか?
私は圧倒的に2です。
しかし、同僚では@で評価をするべきだという意見が根強いです。

私も@で評価してあげたいという気持ちは理解できます。
まさにアクティブ・ラーニングを象徴する姿こそ、今の時代の評価方法だろうというものです。
気持ちはわかります。
できることなら、私もそうしたいです。
そう、できることならね…。

つまり、評価できないのです。
先ほども言いましたが、評価は公平でなくてはいけないと思っています。
クラス30人が主体的・対話的に活動している中で、どうやって全員の正しい評価をつけられるのでしょうか?
もちろん、つけられる子もいます。
しかし、見逃してつけられない子もいます。
活動中の姿を評価に入れるなら、毎時間、各班に360°撮影可能のカメラとボイスレコーダーを全員分用意しなければいけません。
そうすれば全員の発言や動きが全て記録され、後で見返しさえすれば公平な評価はつけられると思います。
しかし、猛烈に忙しい日々を過ごしているのに、そんなチェックをするのは不可能です。

となると、一番公平なのは、成果物で評価をします。
その客観性と公平性が大切だと思っています。
もっといい方法があると思いますので、ご存知の方は返信をいただければと思います。
よろしくお願いします。



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2017年09月07日

当然起こりうる壁

学び合いをしていると、想定できる問題があります。
それは、同僚から理解を得られないということです。
今までと見た目には全く違う取り組みですから、当然と言えば当然です。
考えられる理由は3つあります。

黒板を使わない

『学び合い』では、黒板を使いません。
そう言ってしまうと語弊がありますが、一般的によく見られるような使い方をしません。
使うとしたら、「課題の終了時刻」、「課題を終えた子がマグネットを貼る枠」ぐらいでしょうか。
人によっては本時のめあてくらいは書く方もいらっしゃるかもしれませんが、その程度です。
発問を書いたり、子どもの発言を書いたり、まとめを書いたりはしません。
「ここテストにでるから、しっかりノートに書いておきなさい!」なんてやり取りもありません。
だから、ベテラン教師であればあるほど、受け入れがたい授業になると思います。

教師が一方的に課題を与える

アクティブ・ラーニングと言われている中で、予め用意されていた課題プリントを配布するのに抵抗がある方もいるようです。
「子どもの内から湧き出る疑問は?」
「つぶやきから、問いを導き出さないの?」
教師によっていろいろあると思います。
それを否定するつもりはありません。
ただ、腑に落ちない部分があるから必要ないと判断します。
「子どもたちと問いを作り上げる」とよく言われますが、その問いは全員にとっての問いなのかを私は聞きたいです。
答えはおそらくNOです。
一部の子たちの疑問から出た問いではあると思います。
しかし、そうでない子もいるはずです。
その子たちからしたら、先生から課題が出されるか、友だちから課題が出されるか、相手が違うだけで大差はありません。
その現実がある以上、そこに説得力はないなと感じられます。
ならば、教師が課題を与え、それを解く過程で各々に湧き出てきた疑問を各自が解決すればいいと思います。

先生が教えない

『学び合い』では、先生が一から十まで課題の解説をしません。
一見すると、教師がサボっているようにも見えます。
だからこそ、受け入れられないのだと思います。
もちろん、サボっているわけではありません。
役割が変わっただけです。
勉強を教える者から子ども同士をつなぐ者へ。
子どもの様子を見取り、必要な子へつなぐ役割を担います。
それを理解しない人は、見た目だけで否定してきます。
ゆっくり話せば分かり合えると思いますが、始めはなかなか難しいのが現実です。

以上の点で、『学び合い』は受け入れるまでに壁を感じることが考えられます。
しかし、おそらく誰もが通る道です。
大切なのは、反論してケンカをしないこと。
上手に、したたかに付き合っていきましょう。
学校は、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決する」場なのだから。



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