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2018年10月27日

Acoma Pueblo

Acoma Pueblo は 断崖絶壁のきりたった岩山に住んでいる
平原が広がり遠くまで見渡せるそんな大地に円柱に近い岩山が出現する
周りを一周したらきっと1時間ぐらいでまわれるんじゃないかと思えるような山

その聖地には、ガイドつきでないと観光できなかった
だから、一人のネイティブアメリカンが付き添って観光をした
車で山のふもとまで行き、そこから徒歩で頂上の村まで行く
頂上にはスペイン人がもたらしたカソリックの教会が建っていた
彼らは自分たちの宗教とメキシコから北上してきたスペイン人たちからの攻撃に耐え
融合した形をとり、生き延びてきた種族とのこと
複雑な気持ちでその美しい教会を眺めていたことを覚えている

青い空と白色に塗られた教会の壁のアドべーが、澄んだ空気とまざりあって本当に心が静まった気がした
虐殺された多くのAcoma Puebloたちの魂が同じように静まっていることを願った

彼らの工芸品は、他のネイティブアメリカンたちのものとは少し異なっていた
長い間、外部との融合を避けて独自の文化を守りぬくことに適した場所に住んでいたからだろうか
彼らの陶器の模様は周囲のものとは明らかに異なる。それゆえに歴史を感じ心が惹きつけられる工芸品となっている。どうしても1つ欲しくて、割れてしまうかもしれないと思いつつ、買って帰ってきた。

この旅ではこのAcomaの小さな陶器と、Taosで購入したそこの土で焼いた素焼きのコップが私の宝物の一つとして寝室に飾られている
ちなみに、他には、ホピインディアンのつくったココペリのキーホルダー、ナバホの網目の細かい小さいラグ、魔よけの音のなる棒など、インディアングッズが我が家にはたくさん置いてある。
もっとちゃんとディスプレイすればいいのに、片づけられない私は、価値あるものなのにそこらへんに、おいてあるだけだったりもする←これは片づけをいつかして、ちゃんとディスプレイしたいと思っている、ホント。

さて、Acoma Puebloの居住地に入られないように、帰りは行きとは違った道を下ることになっていた
行きは登りで広い道を上ってきたが、帰りは崖のくねくねした道を降りてくることになった。しかもガイドは「この道から、帰ってくださいね」とだけいってさよならしてしまった。登ってくるときには本当に親切でいい娘だなと思ってたけど、帰りはあっさりでした。商売だからね。でもその日は私たちだけしか観光客がいなかったので、写真を撮るのも人影を気にしないでとれていたのを思い出しました。

特殊な地形に住んでいたからこそ、継承されてきた彼らの文化、歴史に触れることができて本当によかった。たった数時間の滞在なのに、今でも自分の記憶に残っているほど印象深かったということなんだと思います

タグ:Acoma Pueblo
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おばさんだけど、挑戦することを放棄したくない。 この年だから広い視野で物事をとらえられる。 少々からだはポンコツで、記憶力もときどき怪しい時があるけれど、いろいろなことにチャレンジしていきたい。悪あがき?でも等身大の私のジャーナルです。
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