2018年01月04日
AIイヤホン 万能執事 スマホよさらば ポスト平成の未来学 第3部 SFを現実に
耳に装着すれば音声だけで情報のやりとりを可能にするNECの「ヒアラブルデバイス」(東京都港区)=寺沢将幸撮影
AIイヤホン 万能執事 スマホよさらば
ポスト平成の未来学 第3部 SFを現実に
2018/1/4付日本経済新聞 朝刊
11年前、米アップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone」の登場で世界の風景は一変した。電車の中で、赤信号の前で、そして道を歩く最中でも人々は下を向く。10年後、私たちはこの風景を懐かしく思うだろう。イヤホン型情報端末「ヒアラブル」の登場だ。視線は真っすぐにあらゆる情報は耳から注ぎ込まれる。政治家や経営者、芸能人でなくとも、私たち一人ひとりが情報のバトラー(執事)を持つ時代の到来だ。
「おはようございます。熱が下がったようですね」。2030年、起床した僕がイヤホンをつけると女性の明るい声が聞こえる。声の主は僕専用の人工知能(AI)。内蔵センサーが健康状態を把握し一日の予定と家を出る時間、電車の時刻、仕事にありがたいニュースを次々と案内してくれる。スマホと違って身支度する手はふさがらない。
家を出ると同僚からのメッセージが聞こえ、それに声で返信する。駅では自動改札機に触れず入場、運賃は口座引き落としだ。電車内では電子看板と連動した音が流れる。
朝一番の会議はインドネシア人の上司と。言葉は瞬時に訳される。「この先にハラル対応でお薦めの日本食店がありますよ」。上司をランチに誘うとAIが道案内を始める。ヒアラブルは常に僕の行動を先読みする、優秀な執事だ。道行く誰しもが自分だけの執事を従えている。
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こんな未来の生活を見据える企業が増えている。NECの開発している端末は補聴器ほどの大きさで、4〜5時間駆動できる電池、近距離無線通信ブルートゥース、多様なセンサー、マイクなどスマホに使われる部品が満載だ。
「違和感ないでしょう。耳は体の中で最も異物に対する抵抗感が少ないんです」と、NEC新事業推進本部の古谷聡さん(49)。僕(33)の耳に付けても嫌な感じはない。
耳の中の反響音は指紋のように人それぞれ違うらしい。本人確認に使えるというので試してみると、小さな体のヒアラブルは僕だと認識した。地磁気センサーで屋内位置の推定や記録、脈拍や血流による健康状態の確認など現在でも様々なことができる。
手と視線が解放されて情報が耳から入れば、人間本来の身体能力、そして感性は一段と研ぎ澄まされる。自動車などの製造現場で使えないかと問い合わせが相次ぐ。
既にスマホと連携する次世代型の端末は数多い。米アップルの「エアーポッズ」で電話の受発信ができる。ソニーモバイルコミュニケーションズの「エクスペリア イヤー」は対話アプリやニュースの読み上げや音声返信、首振りでの操作が可能だ。米グーグルが17年10月発表した「ピクセルバズ」は日本語を含む40カ国以上の言語に対応する。
ただ、今のところ量販店に並ぶヒアラブルは音楽を聞きながら通話できるといった域を出ない。ポストスマホという情報伝達手段を超えて、どこまで私たちの執事として生活を支えるか。さもなければ単なる「電話ができるイヤホン」にとどまってしまう。
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機能性が明るい未来をうたうほど現実はやさしくない。「会社をクローズすることになった」。11月、ヒアラブルの注目株だった米ドップラー・ラボが事業を停止した。音響で拡張現実(AR)を再現するなど技術力に定評があったが、資金調達に失敗した。「エンターテインメント向けだけでは投資の魅力がなかったのでは」との見方は多い。
ポストスマホ時代に問われるのは一人ひとりの主体性だ。AIの守備範囲が広がるほど僕らは自ら考え、挑戦することを怠るのではないか。今でさえ地図を眺めて目的地までの経路を考えたり、時刻表を見て電車の乗り換えを調べたりする機会は減った。
いつもの帰り道から一歩路地裏に入ると思わぬ風景や人との出会いがあるように、非効率や無駄、失敗が次の糧になることは多い。
10年前、僕は新卒で入社した地方銀行を辞めて、いったん無職になってから転職活動を始めた。もしAIに相談すれば、リスクや効率を考えて「事前に転職先を確保してから辞めましょう」と背中を押さなかっただろう。だが退路を断ったおかげか、いま僕は新聞記者のつらさも楽しさも身にしみている。
AIに人生は支配できない。ただいつもそばにいて、長年の友人のように助言してくれればそれで十分だ。
タグ:さらば スマホ
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