焼火神社(たくひじんじゃ、たくびじんじゃ)は、島根県隠岐郡西ノ島町にある神社。島前の西ノ島における最高峰、焼火山の8合目辺りに鎮座する旧県社。航海安全の守護神として遠く三陸海岸まで信仰を集めた。本殿・通殿・拝殿からなる社殿は国の重要文化財に指定。重要有形民俗文化財の和船トモドも所有する。
本殿(左奥)と拝殿
社名
明治以前は焼火山雲上寺(たくひさんうんじょうじ)と号し、焼火社、焚火社、離火社(いずれも「たくひ(び)のやしろ」、または「たくひ(び)しゃ」と訓む)とも称されたが、明治初頭の神仏判然令を受けて現社名に改めた。
祭神
大日孁貴尊(おおひるめむちのみこと)を祀る。なお、大日孁貴尊は天照大神の別称である。
焼火山は古く「大山(おおやま)」と称され、元来は山自体を神体として北麓の大山神社において祭祀が執行されたと見られているが、後世修験道が盛行するに及ぶとその霊場とされて地蔵尊を祀り、これを焼火山大権現と号した。やがて祭神を大日孁貴尊とする伝えも起こって、元禄16年(1703年)には「焼火山大権現宮(中略)伊勢太神宮同躰ナリ、天照大日孁貴、離火社神霊是ナリ、手力雄命左陽、万幡姫命右陰」(『島前村々神名記』)と伊勢の皇大神宮(内宮)と同じ神社で、伊勢神宮同様3座を同殿に祀ると説くようにもなり[1]、明治初頭に大日孁貴尊のみを祀る現在の形となった。
文化財
(項目名付属の括弧内は指定の種別と年月日)
国指定
本殿・通殿・拝殿 1棟(重要文化財(建造物)、平成4年8月10日)
附(つけたり) - 宮殿(厨子)1基、旧内陣扉構1式、棟札7枚、仁王経(裏書に材木注文あり)1巻、文書1冊、絵図1鋪
トモド1隻(重要有形民俗文化財、昭和30年2月3日)
和船の1種で、長さ20尺5寸最大幅3尺。樅材を刳り抜いた重木仕立て(船腹から船底にかけて繰り出す「く」字形の船材を用いた丸木舟)。その製作技法もさることながら、用法も隠岐独特なものとされる。古来、隠岐にも海人の活動が見られるが、一般的な海人が素潜りによる海草や貝類の漁撈で知られるのに対し、隠岐では素潜りは行わず、トモド船から海底を覗き込み、鉤(かぎ)や杈(やす)といった漁具を使って鮑や栄螺を収穫する、熟練の必要な「カナギ漁」を行っていた。貞享4年(1687年)の『隠岐記』に、当時で島前に327艘、島後に197艘ものトモドがあったと記録され、かつては隠岐諸島に存在した船舶の大部分を占めたと言われるが、現存するのはこの1艘のみである。
所在地 島根県隠岐郡西ノ島町美田1294
位置 北緯36度4分24.2秒 東経133度1分42.9秒
主祭神 大日孁貴尊
社格等 旧県社
創建 伝 一条天皇朝
本殿の様式 一間社流造銅板葺
別名 隠岐の権現さん
例祭 7月23日
主な神事 龍灯祭(旧暦12月大晦日)
2024年03月23日
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