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やまと新聞を読もう!


 みなさん知っていましたか? 
 
 つい近頃まで、あのGHQの制約によって、営業が制限され続けてきた新聞社があったことを、、

 大東亜戦争で敗戦国となるまで、日本の各メディアは国会議事堂の中に、各社直営のブース(両院記者会といいます)を持っていました。

 しかし戦後、GHQは日本における全てのメディアを議事堂から追い出し、国会の外に置かれた「記者クラブ」への移動を命じました。
 以降、各社記者たちは皆「記者クラブ」に所属し、そこで「通行証」を貰わないと国会議事堂に出入りすることが出来なくなりました。

 実はこの「通行証」こそ、とても大きな意味があるのです。
 
 全てのマスコミは国会での取材に際し「記者クラブ」に所属することが義務付けられた上、「記者クラブ」が検閲した記事しか表に出す事が出来ないといった、大変悪しき慣例が出来ました。
※自分達にとって都合が悪いことは一切報じないのがメディアのやり方なので、ほとんど知られてはいませんが、これは2010年の現在も続いてます落ち込み

 戦勝国の一組織であるGHQが、敗戦国である日本の国民に対し、徹底的な自虐史観(日本は悪い国だという認識)を植えつける為にメディアを利用して、日本がいかに悪い国であったかという偏向報道を日々垂れ流し、見事日本人のマインドコントロールは成功しました。
※勝者が歴史を作るとはまさにこのことで、戦後に戦勝国が行った行為ですから仕方がありません。
 こうした影響から、現在も反日左翼系が完全に取り仕切る形となっている「記者クラブ」の意向に沿った報道が、奇しくも日本メディアの王道となっています。

 これぞまさに「報道の自由の否定」です。

 GHQがこうしたメディア支配を行った時、全ての新聞社やラジオ局(テレビはまだない)は「泣く子とGHQには勝てない」と素直にGHQの言いなりになりました。

 しかしびっくり唯一「報道の自由を守るため、両院記者会から出ない」と言い張った新聞社がありました。

 それが「国旗やまと新聞社」です。

 今ではあまり名前を聞かない新聞社ですが、明治から大正にかけて、発行部数が全国一位だった新聞社です。
※ちなみに漫画「サザエサン」が連載されていたこともあります。
 
 この「やまと新聞社」は、頑としてGHQの「国会から出て行け」という指導を拒みました。
 当然です。そんなものを受けたら、報道の自由は無くなり、ジャーナリストとしての使命は果たせなくなります。
 以後も立ち退きを拒み続けた「やまと新聞社」に対し、GHQはペナルティを課しました。
 「国会議事堂から出て行かないなら、営業も販売も国会議事堂内だけにせよ」と。。

 こうして「やまと新聞社」は、営業活動を国会議事堂内だけに制限された新聞社となり、非常に厳しい環境下でありながらも、細々と生き残ります。
 500人以上いた社員は離散し、いつしか残った社員は数名となりました。
 しかし、それでも「やまと新聞」を2004年まで日刊で発行し続けました。それも、一文字一文字手作業で印刷する明治時代の印刷機を使用して。
 発行部数は国会議事堂内だけでは、わずか2000部。
 ほんのわずかな社員達は、給料の不足分を外でアルバイトして補いました。
 
 日本のジャーナリズムの正義を貫くびっくり
 思いはただそれだけです。それだけの為に「やまと新聞社」は耐え続けました。
 
 そしてついに、2008年「やまと新聞社」に転機が訪れます。
 時の安倍内閣から「国会外でも活動をして良し」という、お墨付きを貰ったのです。
 GHQに活動を制限されてから、なんと62年という永い年月を経てようやくです。。
 
 経済的にどん底まで追い落とされても、正しい歴史とジャーナリズムの原点を忘れずに頑張り抜いた「やまと新聞」。皆で応援したいものですね笑いv

国旗やまと新聞HP

国旗やまと新聞 会員募集!

 では!のちほど祝日



   
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