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2014年05月26日
手や足にも汗がにじみ出て
下宿の部屋へ入って行った時には、睡眠不足の目が昏むようであった。笹村は着物を脱いで、築山の側にある井戸の傍へ行くと、冷たい水に手拭を絞って体を拭いた。石で組んだ井筒には青苔がじめじめしていた。傍に花魁草などが丈高く茂っていた。
 部屋はもう薄暗かった。机のうえも二、三日前にちょっと来て見たとおりであったが、そこにカチカチ言っているはずの時計が見えなかった。笹村は何だかもの足りないような気持がした。押入れや違い棚のあたりを捜してみたが、やはり見当らなかった。机の抽斗を開けてみると、そこには小銭を少しいれておいた紙入れが失なっていた。

女中に聞くと、時計は日暮れ方から見えなかった。多分横手の垣根を乗り越えて、小窃偸が入って持って行ったのであろうということであった。その垣根は北側の羽目に沿うて、隣の広い地内との境を作っていた。人気のない地内には大きな古屋敷の左右に、荒れた小家が二、三軒あったが、立ち木が多く、草が茂っていた。奥深い母屋の垠にある笹村の部屋は、垣根を乗り越すと、そこがすぐ離房と向い合って机の据えてある窓であった。
「何分ここまでは目が届かないものですから。」と女中は乗り越した垣根からこっちへ降りる足場などについて説明していたが、竹の朽ちた建仁寺垣に、そんな形跡も認められなかった。
 笹村は部屋に音響のないのがたよりなかった。そしてこの十四、五日ばかり煩いの多かった頭を落ち着けようとして、机の前に坐って見たが、ここへ来て見ると、家で忘れられていたことが、いろいろに思い出されて来た。M先生から折々せつかれる仕事のこともそうであったが、自分がしばらく何も書かずにいることも不安であった。国にいる年老った母親から来る手紙に、下宿へ出る前後から、まだ一度も返辞を書かなかったことなども、時々笹村の心を曇らした。笹村は先刻抽斗を開けた時も、月の初めに家で受け取って、そのまま袂へ入れて持って来ると、封も切らずにしまっておいた手紙が一通目についた。笹村は長いあいだ、貧しく暮している母親に、送るべきものも送れずにいた。
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Posted by salchan at 10:15 | この記事のURL
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