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2014年07月01日
私はちょっと失望した
私はこうして昨夜岩形氏と洋装の女が対座していた卓子を見付け出すつもりであった。そうして、ボーイが持って来て岩形氏のすぐ横に置いたに違いないであろうウイスキー入りの珈琲に、洋装の女がどんな機会を狙って、どんな方法で毒薬を入れたか……それを又岩形氏が、どうして感付いて引っくり返したか……という事実がどうかして探り出せはしまいか……それを中心にして二人の態度を細かく探ったら事件の経緯がもっとハッキリなりはしまいかと期待して来たのであった。

云う迄もなく私は、岩形氏を、尋常一様の富豪とは夢にも思っていなかった。毒と覚って珈琲を引っくり返したところなぞを見ると案外腕の冴えた悪党で、この事件の真相というのも実は、稀代の大悪党と大毒婦の腕比べのあらわれかも知れないという疑いを十分に持っていたのであった。……だから……従ってその片対手の洋装の女が、どの程度の毒婦か。まだほかに余罪があるかないか。どこからどうして毒薬を手に入れたか……というような事実はこの際、焦げ付くほど探っておきたかった。又、そうしておけば、女が捕まった暁に、取調べの方も非常に楽になると思ったからであった。
 とはいえ、勿論こんなカフェー見たような処で、そんなところまで探り出すというのは、万一の僥倖以外に、殆んど絶対といってもいい位不可能な事で、如何に自惚れの強い私でも、そこまでの自信は持っていないのであった。しかし、女というものは元来非常な強情なもので、自分の手を血だらけにしていてもしらを切り通すのが居る。殊に今度の女は、そんな傾向を多分に持っているらしい事が、あらかた予想されていたので、出来るだけ余計に証拠をあげて捕まったら最後じたばたさせたくない……というのが私の職務的プライドから来た最後の願望なのであった。(……読者はもう気付いておられるであろう。今度の事件の係りになっている熱海という検事は年こそ若いが頭のいい男で、捜索方針については殆んど警察側に任せ切って、ほかの検事みたいに威張ったり、余計な口出しをしたりしない。その代りに拷問というものを本能的に嫌うたちの男で、就任匆々某署の刑事の不法取調べを告発したという曰く付きの男である。
初台 歯医者
Posted by salchan at 08:56 | この記事のURL
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