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2014年07月01日
営業規則を突破する
二時か三時頃まで……」
「へへっ。お蔭さまで……へへ……」
「何がお蔭さまだ。俺あ初めてだぞ……」
「恐れ入りやす。毎度ごしいきに……」
「そんなに云うんならごしいきにしてやる。飲みに来てやるぞ。女は居ねえのか」
「はい。私くらいのもので……」
「…ぷっ……馬鹿にするな……全く居ねえのか」
「……お気の毒さまで……」
「……そんなら今日は珈琲だけだ。濃いんだぞ……」
「畏こまりやした」
 と云うなり頭を一つ下げてボーイは飛んで降りたが、間もなく下の方で二三人哄と笑う声がした。

「べらんめえの露助が来やがった」
「時間を間違えやがったな」
「なあに酔っ払ってやがんだ」
「言葉が通じんのか」
「通じ過ぎて困るくれえだ。珈琲だってやがらあ」
「コーヒー事とは夢露知らずか」
「コニャック持って行きましょか」
 とこれは支那人の声らしい。
「おらあ彼奴の名前を知ってる」
 と今のボーイの声……。
「ウイスキーってんだろう」
「露探じゃあんめえな」
「なあに。バルチック司令官寝呆豆腐とござあい」
「ワッハッハ」
「しっしっ聞えるぞ。ホーラ歩き出した。こっちへ降りて来るんだ」
「……ロシャあよかった」
 それっきりしんとしてしまったが、扨なかなか珈琲を持って来ない。朝っぱらのお客はどこのカフェーでも歓迎されないものである上に、余計な事を云って戯弄ったものだから、一層憤って手間を喰わしているのであろう。
 しかし、これが私の思う壺であった。
 私はその間に椅子から立ち上って、室の中の白い机掛けを一枚一枚検めて行ったが、ハンカチで拭く程珈琲を引っくり返した痕跡はどこにも見当らなかった。大方あとで取り換えたものであろう。念のために机掛けをまくって、机の表面まで一々検めて行ったが、これも直ぐに拭いたと見えて何の痕跡も発見されなかった。あれ程の毒を拭かずにおけば、今朝迄にはワニスが変色するか、剥げるかしていなければならぬ筈である。
横浜市中区 歯医者
Posted by salchan at 08:55 | この記事のURL
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